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2018年8月 2日 (木)

王子稲荷坂(北区岸町)

北区にある王子駅から東十条駅までの台地側の崖線とその下の街区は「岸町」という。  ここに台地の上と下を結ぶ坂道がいくつもある。 かつて江戸湾が入り込んでいた時代、この辺りは海岸だったので、「岸村」という村が出来た。それが王子村となったが、昭和41年に岸町という名前として海岸線の名残りが復活した。 この京浜東北線沿いの崖線は海食崖である。

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岩槻街道(日光御成道)の王子大坂を上ると崖線上の台地の道になる。 そこから岸町へ落ちるように下っていく坂道が王子稲荷坂である。 坂上は王子第二小学校。 そこから急傾斜で下る。 反対側には中央工学校、田中角栄は中卒というフレコミだが、実は専門学校であるこの中央工学校を出ている。 総理大臣になる前はここの校長も務めていた。

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坂の途中に王子稲荷神社の横入口がある。 王子稲荷は江戸でも有名で、『名所江戸百景』には「王子装束ゑの木大晦日の狐火」というおどろおどろしい作品がよく知られている。現在の線路の向こう側にある王子装束稲荷神社の大榎の下に関八州の狐が集まり、王子稲荷へ列をなしてお参りに行くというものだ。

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坂の途中に標柱がある。

「この坂は、王子稲荷神社の南側に沿って東から西に登る坂で、神社名から名前がつけられています。また江戸時代には、この坂を登ると日光御成道があり、それを北へ少し進むとさらに北西に続く道がありました。この道は姥ヶ橋を経て、蓮沼村(現板橋区清水町)まで続き、そこで中山道につながっていました。この道は稲荷道と呼ばれ、中山道から来る王子稲荷神社への参詣者に利用されていました。」 とある。

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王子稲荷の参道は崖下にあり、立派な山門から入り階段を上って社殿に至る。関東稲荷総社の格式で江戸時代から庶民に親しまれた。 境内にある「狐の穴跡」は落語「王子の狐」の舞台にもなっている。

崖下のエリアは社域に占める幼稚園の割合が大きく、山門と幼稚園が絡む何とも不思議な景色である。

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