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2018年8月26日 (日)

宮の前の坂(北区赤羽北)

ここはいささか複雑な坂である。 おそらく区の教育委員会も結論を見いだせていないと思われる。 というのも、どれが宮の坂かが確定しないので、宮の前の坂という微妙な坂名を使わざるを得ないのである。

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写真のカーブの途中に路地が横断している。 一応これを宮の坂とすると、この広い坂が宮の前の坂ということになる。坂の標柱は路地との交差点にあり、どっちを指すのか微妙で、北区も苦肉の策だったのかもしれない。その標柱には次のように書かれている。

「坂の名前にある「宮」は、この地域の旧村名である袋村の鎮守、諏訪神社のことを指しており、坂道はこの神社の参道を経て赤羽方面へと抜けていきます。神社の二の鳥居前にも切通しの坂がありますが、これは新しく出来た坂で、宮の前の坂と呼ばれています。この坂も宮の坂と同様に交通量が多い坂です。」

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宮の前の坂は後年境内を分断して切通された道である。 そのため、階段のとりつきに無理やりな感じが残る。その辺は坂学会のHPで中垣氏が「坂に参道を分断された諏訪神社」というテーマで書かれているが、概ねその通りだろうと思う。

また、2003年以前に立っていた標柱の文言は次の通りだったようだ。

「旧袋村から赤羽に抜ける重要な坂で諏訪神社の参道に続く。「宮の坂」の宮はこの神社のことである。今も舗装前の様子を思い浮かべれば、樹木の多いこの坂は、浮間の桜草狩りの渡し場へのにぎわいがよみがってくる。参道を切断し、二の鳥居前にできた切通しの新坂は宮の前の坂といわれ交通量も多い。」

先の説明だとこの坂は無名坂で、神社前で交差する諏訪通りの坂が宮の前の坂ということになる。(下の写真の坂)

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しかし標柱の場所からすると、広いほうの坂がやっぱり宮の前の坂なのである。また、後の方の旧標柱の説明だと、神社の下で交差する道が袋村から赤羽への道で、わずかに残された路地が宮の坂ということになり、宮の前の坂は二の鳥居前に出来た切通しの坂だから広い坂道が宮の前の坂ということになる。なかなか難しい坂なのである。

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