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2018年9月28日 (金)

新田坂(板橋区成増)

新田坂(しんでんざか)は川越街道の旧道で成増から白子川へ下る坂道である。白子坂の別名がある。 板橋宿の平尾追分で中山道と分かれた川越街道には、上板橋、下練馬の宿を経て、白子川をはさんだ江戸側の新田宿、川越側の白子宿と続いた。その白子川の谷へ下る新田坂は相当な急坂だった。

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川越街道は江戸時代以前に開かれた街道で、太田道灌が川越城の支城として江戸城を築城した折に川越街道が開かれた。江戸時代までは川越往還を呼ばれていたが、明治以降川越街道の呼び名に変わった。昔、この坂のあたりは成増村で向新田という地だった。1600年頃に街道の整備が行われ、川越の物資を江戸へ輸送する要路ともなった。川越と江戸は陸上でも、新河岸川の水運でも結ばれていたほど重要な道だったのである。

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坂上の標高32mに対して坂下は13m、ほぼ20m近い高低差は武蔵野台地を削った谷の深さの平均に近いだろう。 そして概ね関東ローム層上部の地層は赤土で、雨が降るとぬかるんだはずである。そんなわけで難所扱いされた場所がいくつもある。その難所に難渋した旅人たちのために、路傍に石地蔵を建立し供養した。

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その石仏群が新田坂と国道254号の川越街道との間にある。もとは新田坂にあったもの。 道祖神(1862)は八坂神社入口に在ったものとある。 常夜燈(1830)は坂の途中にあり、白子坂右岸沿いに練馬の土支田村への道の分岐に建っていたもの。

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八坂神社は京都の八坂神社を勧請したもので、地元では天王さまと呼ばれている。昭和初期まではもう少し南側にあったが、昭和8年(1933)に川越街道(国道254号線)の工事で現在地に移転した。

Photo:2016/11/5

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