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2018年10月20日 (土)

番場ノ坂(板橋区徳丸)

徳丸には様々な坂道がある。 番場ノ坂は高島平の赤塚公園交差点から徳丸の台地に上る坂道。 緩やかに上る主要生活道路だが、この道が拡幅整備されたのは1990年頃で、それ以前は細い急坂の道がくねりながら上っていた。 そのため番場ノ坂と呼ばれていた坂の坂下7割は団地の道路のようになってしまったが、坂上の3割はまだくねったまま残っている。

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昔は坂下に湧き水があって、坂上には代官から水番を命ぜられた番小屋があったと伝えられる。 湧水の辺りは近年まで釣堀として残っていたそうだ。 また坂上には郷蔵もあり蔵番がおかれた。 この辺りの昔の地名を番場と呼ぶことから番場ノ坂となった。 ここの崖線は坂下の標高5mから一気に30mまで上っているのが、マンション脇にある階段を見るとよくわかる。

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信号機のある交差点から南へ曲がるのが昔からの道筋である。 ここからは拡幅されているが昔ながらのカーブを繰返す道。 しかし徳丸台地から崖下の徳丸田圃に行く坂道の中では、昔の番場ノ坂は緩やかな方だったので、一番利用された道だったようだ。

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多くの人々が使う道だったこの辺りは、縄文以前からの遺跡も多く出土している。 というよりこの新河岸川の南の崖線はほとんど縄文、弥生の遺跡が出てくるエリアなのである。縄文海進んの時は入江の海岸線で貝などを採取するのに適していただろうし、同時に雑木林の実りも享受することが出来た。 弥生時代になり農耕が始まると、海は日比谷まで後退し、農耕に適した低地が広がっていた。 辺りには環濠集落が築かれ当時から人口は多かったと思われる。

photo : 2016/11/12

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