権現坂(板橋区成増)
成増台の北西端の台地にある坂のひとつ。 旧白子川の田島橋から台地に上るのが権現坂である。 坂の東側の高台には特別養護老人ホームの音羽レジデンスがあり、その擁壁の石垣が美しい。 この老人ホームは2008年に建替えられたものだが、それ以前は三園ホームという施設だった。三園ホームは1986年から30年ほど、それ以前はのどかなハケ(崖)の林に包まれていた。
権現坂は坂の曲がり具合、傾斜、石垣の景色と三拍子そろった美しい坂である。 ただ坂上で道が止まっているのが不足点。 しかし、この道は意外に古道であるという説明がある。この辺りは明治、大正時代まで松木と呼ばれた地域で、この道は松木道という道だったという。
坂の途中で振り返ると、成増五丁目アパートが見える。 成増五丁目アパートは建て直された都営住宅。 高島平団地に代表されるように板橋区は高度成長期には東京の人口を支えるベッドタウンとして爆発的に増える人口を受け入れてきた。 建て替えは建ぺい率を下げて、4階建を10階建てにしたもの。
坂はまだまだ曲がりながら上っていく。 坂の高低差は20mある。 権現坂の坂名の由来については、板橋区の資料によると、「旧白子川分流の田島橋から成増の台地に上がる坂で古道の松木道が通っていた。この坂の途中に「木椎熊野大権現」(成増4-21)が祀られていたので権現坂と呼ばれた。この権現神社は赤塚3-9地先に移されたが今は廃社になっている。」とある。
古い地図を確認するとこの坂は坂上で北に進み、青蓮寺に抜けている。その道が松木集落の真ん中を通っていたので松木道と呼ばれたのだろう。三園通りが開かれる前はこちらが主要道だったようだ。
板橋区は昭和の初期まで村だった。昭和7年(1932)に2町7村が合併して板橋区が誕生し、戦後は一部が練馬区に変わった。 古道周辺にはまだわずかに古い町並みが残っている地域だけに、散策は面白い。
Photo:2016/11/5
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