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2018年11月18日 (日)

貝塚坂(大田区上池台)

坂上は旧学研通りの貝塚坂バス停から、坂下は同じく旧学研通りの稲荷坂バス停まで、まっすぐな耕地整理後の坂である。 坂の北東の続きは夫婦坂。 貝塚坂はまっすぐだが比較的勾配は少ない。 400mの距離をかけて16mの高低差だから勾配は4%しかない。 しかし長い。

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坂上は変則の六差路。写真左側の道は稲荷坂、大久保坂の坂上を経て猿坂に至る旧目黒道。右の道が貝塚坂で昭和初期の耕地整理によってできた生活幹線道路である。坂上バス停付近に木製の標柱が立っている。

「坂名の由来となった馬込貝塚を、『大森区史』は「馬込の根方に貝塚というのがある。石器時代の器物や矢の根石などがよく掘り出されたといっている。 今もなお好事家の尋ねて来るものが少なくない。」と記している。

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この坂の東側、旧目黒道周辺では貝塚だけではなく集落跡も見つかっている。時代は縄文後期で、約5,000年から2,300年前のもの。遺跡では極めて珍しい埋葬された犬が発見されている。大きさは現在の柴犬ほどの大きさで、このことから縄文時代にはすでに犬が家族として人間と共に生活していたことがわかる。

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大田区のHPには次のように書かれている。

「上池台四丁目と五丁目の境を上る、通称「学研通り」の坂道。この貝塚坂周辺は、貝塚を伴う集落遺跡のあったところで、坂名もそれにちなむもの。『大森区史』には、「馬込の根方ねがたに貝塚といふのがある。石器時代の器物や矢の根などがよく掘り出されたといっている。今もなほ好事家こうずかの尋ねて来るものが少なくない」と書かれている。大田区内の鵜の木、池上、山王とつらなる台地には縄文時代から古墳時代にかけての集落遺跡が多く、貝塚坂周辺にあったといわれる遺跡もその一つ。」

貝塚坂はただひとつ鸛の巣流れと並行して走る道である。 つまり谷底を滑るように下っていて、したがって左右に急な勾配の坂が連続しているのである。

photo : 2017/5/3

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