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2018年12月29日 (土)

車坂(北) (台東区上野)

「上野のお山」と時代劇で言われるのは、現在の上野公園から鶯谷駅あたりまでの広い地域を指している。 天海が徳川家の庇護のもと築いた寛永寺の寺域は皇居(江戸城)に匹敵する規模であった。

そして現在上野駅は20本程度の線路が走っているが、その駅構内全体には寛永寺の塔頭(たっちゅう)が並んでいた。その塔頭は崖の下になるので、上野のお山と往来するための坂道が通っていた。

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その坂のうち最も鶯谷側にあったのが信濃坂でこれが写真の車坂(北)の場所よりも少し鶯谷寄りの江戸時代の坂である。信濃坂のすぐ都心寄りにあったのが屏風坂。これが現在の車坂の跨線橋(両大師橋)部分とほぼ同じ位置になる。

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現在の橋は1970年頃に架け替えられたもの。 それ以前は明治中期以降何度か架け替えられている。しかし坂名のように車が通れる斜路まで作られたのは昭和に入ってからのようだ。 現在の車坂を歩く人は意外にいて驚いた。しかし歩くと結構長い距離になるので、やはりJRの公園口から上野公園に行くのが良い。

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坂下の歩道橋から見るとなかなかセクシーな曲がり方をした坂道である。モナコGPやマカオGPのコースを思い起こさせる。道路わきの謎の巨大コンクリート建造物が気になって仕方がなかったが、東北新幹線に覆いかぶさるように立っているので新幹線関連の施設なのだろうか。

坂下の町名は現在は上野だが、以前は下車坂町といい、都電の電停「下車坂町」があった。昔の町名は素晴らしい。それに比べて現代の町名は情けないほどセンスがない。役所が管理しやすいのと、人々が暮らしやすいのは違う。 どうも前者に傾いてばかりいるようなところが多すぎる。

photo : 2018/12/28

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