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2018年12月 9日 (日)

鳳生寺坂(北区赤羽西)

赤羽西には多くの坂がある。 太田道灌が戦国時代に築城した稲付城の台地の南の谷に下る坂道が鳳生寺坂。 坂下にある鳳生寺も太田道灌の開基と伝えられる曹洞宗の寺院である。

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鳳生寺の前に標柱がある。

「この坂は、鳳生寺門前から西へ登る坂で坂上の十字路まで続き、坂上の旧家の屋号から六右衛門坂とも呼ばれます。坂上の十字路を右(北)へ向かうと赤羽駅西口の弁天通り、左(南)へ向かうと十条仲原を経て環七通りへと至ります。名称の由来となった鳳生寺は、太田道灌の開基と伝えられ、岩淵宿にあったものを移したので、現在も岩淵山と号しています。」

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坂は途中から狭くなると同時に勾配を増していく。 道幅が狭い区間は11%の勾配があるが、広くなった坂下部分は緩やかな坂。 こんな道だが江戸時代からの道で、まっすぐなところが少ないのは古い道である証である。 坂の景色としてはなかなかのもの。

また、坂下の鳳生寺周辺には多くの古墳時代の集落遺跡が埋まっており、稲付公園遺跡とよばれる一帯になる。

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鳳生寺坂は坂上まで曲がりくねっている。 坂上をそのまま進むと王子町土地区画整理事業で、昭和の初期に耕地整理された碁盤目の街に入る。 大正末期から昭和初期、北区でも大震災後の復興で各地に土地区画整理事業が立ち上げられた。 王子町というのは旧町名で、開発されたのは現在の西が丘に当たる地域。 このエリアには軍施設が沢山あったので、集中的に被災した。 爆撃を受けて破壊された町が整理された町並みになり、戦火を免れた昔からの道が残る傾斜地には昔の街が残っている。

photo: 2016/9/18 & 2018/9/18

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