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2018年12月 2日 (日)

神戸坂(杉並区清水)

高田馬場で神田川に合流する妙正寺川の水源地は妙正寺池です。都会の川としては少なくなった、開渠が続く中小河川。水源の池周辺は緑豊かな公園になっています。 昔は豊富な湧水がありましたが、近年湧出量が減少したため、井戸を掘り地下水をくみ上げて合流させています。池の真ん中の中島がとてもいい雰囲気で、水鳥も多い公園です。

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池の南には1352年開山という古刹の妙正寺があり、これが池の名の由来。 湧水地点の標高は40mとやや高めなので開発のインパクトを受けて湧水量が減ったのかもしれません。この池の北側を東から西に上る道があります。 それが神戸坂(ごうどざか)です。

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昔、この地域は府中明神(大國魂神社)の神領でしたので神戸と付けられたといいます。坂上を神戸山(ごうどやま)といい、昔は妙正寺川の支流がこの山裾を回るようにして流れ、池の下で合流していました。 その暗渠は現在も辿ることが可能です。

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坂の途中に中瀬天祖神社があります。 この神社の記録に、「当社は井草八幡宮の境外神社で井草川の西岸神戸坂の上に在り、極めて古き社にして、神体は一大石剣なり」とあって、そこにのみ神戸坂の記載があります。

中瀬天祖神社由緒

奇妙な石の御神体
中瀬天祖神社
祭礼 10/15
祭神 天照大神
御利益 良縁、子宝、子孫繁栄

 井草川の流れは上井草から下井草に向ってゆるやかに東に流れ、区立中瀬中学の裏で西に流れをかえ南に直流する。

 そこに架かる道はとたんに急坂になる。世に言う押手を借りたい神戸坂である。坂を登りつめた左側に祀られているのが中瀬天祖神社で、この社の前身が子宝に恵まれる十羅刹様である。

 中瀬天祖神社の御神体は奇妙な男根状の自然石が祀ってある。伝説によると、昔、江戸へ手車で荷物を運んだ帰り道、空車だと車がはずんで引きづらいので重しのために石を二、三個積んできたと云う。

 ある時のこと、所沢か田無あたりのお百姓が江戸からの帰り道、神戸坂で急に腹痛を起し動けなくなり、その場に座りこんでしまった。近所の人がびっくりして妙正寺へかつぎこみ、和尚さんに祈祷してもらったところ、たちまち腹痛が治ったという。そのとき、ふと和尚さんが手車に乗せてあった男根状の石を見て、これは不思議な石だ、この地に安置されたいために腹痛を起こさせたに違いない、と申され、その石を十羅刹女(じゅうらせつにょ)が祀ってある神戸坂上の十羅刹堂に納めた。それから何十年か後のこと、青梅から江戸へ炭を運んでいた馬方が、いつものように馬の背の両側に炭俵をつけ、神戸坂に差しかかったとき、道端で男根状の石を見つけた。

 大きさが人の頭くらいなので、たいした荷物にならないから持ち帰ろうと、馬の背に乗せて鞍に結びつけ半丁(約50メートル)も行かないうちに急に馬が動かなくなったので、馬方が振り向いて見ると馬はびっしょり汗をかき、苦しそうに息をはずませている。

 馬方はびっくりして 「これはただの石ではない、さわらぬ神に崇りなしだ」 と石をもとに戻したという。すると馬はたちまち元気になり歩きだした。

 江戸の炭問屋に着いた馬方は、この不思議な出来ごとを問屋の主人や友達に話したところ、いつしか、その石の話が井草村にも伝わり、村の人達が集まって、その石を見ると 「十羅刹堂」 の小銅の床に安置してあった石であった。何かのはずみで両から道端へころげ落ちたに違いないと、村で一番の物知りといわれた組頭の四郎右衛門さんが、うやうやしくこの霊石を元どおり硝へ納め、「わしが若い頃に拝んだ時より、生気が満ち満ちていて大分大きくなっているようだ、この石と十羅刹様とを拝めば陰陽がかね備って子宝が授かる」 と話したという。

 その後、世継ぎの神様として霊験あらたかだと評判になったという。

 ここに「本尊木の立像三寸」の十羅刹様と「奇妙な石の御神体」の神明社、いまの天祖神社と結びついて陰陽がそなわったのである。

 そのころ子どもに恵まれますようにと神併を崇めた素朴な井草の人々の気持ちが、いまも伝わって来る。


photo : 2018/11/23

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