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2018年12月28日 (金)

さくら坂[玄碩坂](港区六本木)

記憶では19歳のころ、1970年代の後半、友人の一人に社長の息子がいた。 どんな家業だったかは覚えていない。 一度彼の家に遊びに行った。 六本木通りの麻布警察署先の日産の辺りから下り坂を下りて行った。 スリバチ状の地域にあった家は豪邸で地下室もあり、そこでは映写機やピアノ、ドラムセットなどが置いてあった。 しかし彼の父は戦後まもなく安い時期に買った家だと言う。 昭和20年代前半に数百万で購入した土地に家を建てたらしい。

後になって気づいたのだが、そこは現在の六本木ヒルズの一角、けやき坂とさくら坂の間あたりだった。 現在ではそこに建つマンションの1カ月の賃料が百万円を超す。 しかし、当時は、谷底で六本木の喧騒からは離れているがいささか湿っぽいところだなあ、という印象だった。

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六本木ヒルズは谷を盛土して埋めた開発地である。 おそらく数m以上は盛土をしてあるのではないだろうか。 南側のさくら坂の途中には「さくら坂公園」がある。 ヒルズには外国人セレブが多いので、日中は外国人の親子が公園で遊んでいる。 日本人は少なく、ここが日本であることを忘れてしまいそうになる。 しかし、この公園は元長州長府藩の大名屋敷の中、藩士の長屋があった場所で、乃木希典が誕生した地である。

開発以前は公園も北日ヶ窪公園という名前で、文字通り窪地にあった。 さくら坂公園は低い場所を走るさくら坂と一段高い場所を走る内田坂の間にある。 昔の町名は麻布北日ヶ窪町と呼ばれた。 内田坂と昔あった玄碩坂を結ぶ路地が公園の近くに残っている。

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不揃いの階段は内田坂側から下ってくると、途中から土の中に埋まる。 この階段の下はまだ玄碩坂へ下る途中に過ぎない。かつてはここからさらに下って玄碩坂に降りていたのである。

当時の六本木にタイムスリップしたいときは、二村さんという方が作られているHP『東京 -昭和の記憶-』に行くと良い。 とても懐かしく楽しめるHPである。

photo : 2018/11/19

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