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2019年3月 3日 (日)

成子天神と富士塚(新宿区西新宿)

富士講については様々な研究がなされているが、簡単に言うと江戸時代に富士山信仰が関東を中心に起こり、各地で講中ができ代表者が富士登山をするという民間の信仰である。当時富士山は女人禁制だったので、主に男性のみが御師というコンシェルジュの世話になり富士登山詣でをした。

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行けなかった人や女性たちは江戸市内に数多築かれた人工の○○富士に登ったりして、富士信仰に参加した。 このミニ富士は23区内にも100山以上あったが、そのうち現存するのがなんと9割もある。 23区内で高さが最も高いグループの中に成子富士がある。 人工の山なので高さを競うのに意味はないが、そういう単純なことに江戸っ子は力を注いだりしたのだろう。

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12mほどの高さがあるが、至近で見上げるとなかなかの山である。山麓には浅間神社の祠があり、頂上には浅間神社の祭神である木花咲耶姫命(コノハナノサクヤヒメ)の像もある。 これほどの富士を築いたのは、柏木・角筈地区(現在の北新宿・西新宿)の人々を中心とした丸藤成子講で、富士講の富士の中では末期に築かれたもの。 もともとここには天神山という小山があったのに富士山の溶岩を重ねて大正9年(1920)に構築したようだ。

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江戸時代から明治にかけては東京の西の外れだった西新宿だが、成子天神社の前には青梅街道が通っていて、歴史は古い。創建は平安時代の延喜3年(903)で、菅原道真の訃報を聞いた家臣が建てたという。

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江戸時代になると、周辺の柏木村はマクワウリの特産地となり、成子ウリとしてブランド商品となった。 徳川家が元和年間(1615-1624)に岐阜県美濃の国の真桑村から農民を呼び寄せ、この地と府中の是政の二ヶ所でマクワウリの栽培をさせたのが始まり。小型のウリで甘みがありメロンに近い種類のようだ。

西新宿の高層ビルの一角にこういう神社があることでホッとする。

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