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2019年4月 9日 (火)

大原一丁目の地蔵と庚申塔(世田谷区大原)

環七を挟んで西側の羽根木と相対するのが大原、その南が代田。東松原駅前から環七の羽根木交差点を抜け笹塚に至る道は、地元では羽根木道あるいは代々木道といわれた古くからの街道で鎌倉道中ノ道と言われる。羽根木から来て環七を渡ると大原だが、すぐ南は代田で、大原と代田の町境にあたる道に地蔵と庚申塔が並んで堂宇に収まっている。細街路だが、どの道も明治初期からある古道。その三角辻にある。

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この辺りに家が立ち並び始めたのは関東大震災以降のことである。それ以前は畑地で、北沢川の支流の谷の谷頭にあたる場所だった。湧水もあったようで、地蔵の場所の標高が41mほど、その下の40m以下のエリアには水田もあった。この沢は流下すると、京王井の頭線新代田駅の東側を抜け、下北沢南口商店街の南出口辺りで北から流れてきた森厳寺川と合流し、代沢小学校のところで北沢川に注いでいた。そんな谷頭にあるのは、ここで昔から農業が営まれていたからであろう。

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向かって左手は青面金剛像と三猿の庚申塔。元禄6年(1693)の造立である。右手の地蔵立像も同じく元禄6年(1693)の銘が彫られている。こういう農村由来の野仏は過去の記録がなく、いろいろなことを想像して楽しむしかない。参考になるのは古い地図と、東京なら1m単位で標高のわかる地形図、明治後期以降だがどこに水田があり、どこが畑で、どこが林だったかが克明詳細に判り、当時の風景を想起するのに役立つ。

 

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