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2019年4月26日 (金)

三軒茶屋ピーコック裏の庚申堂(世田谷区三軒茶屋)

世田谷通りと環七通りの立体交差点は若林交差点だが、その立体交差の橋は常盤陸橋という名前、どうも行政としては決めきれない人間模様がありそうに思えてしまう。その三軒茶屋側の角に20階建てのタワーマンションが建ったのが2004年、この辺りは戸建の密集したエリアだったが地上げでまとめたのだろうか。1階にはピーコック(スーパーマーケット)が入っている。この高層マンションの裏手にひっそりと残された庚申堂がある。

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堂宇の中には庚申塔が2基、写真手前には馬頭観音、堂宇の裏手には力石や富士講碑などいろいろ集まっている。堂宇も立派なもので、小ぶりな神社といってもいいくらいである。よくぞこの一角に残してくれたと、有難みを感じる。

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堂宇の左手に立っている大きめの石仏は馬頭観音像、造立は新しく大正13年(1924)。馬頭観音は概ね新しいものが多く、明治から戦前にかけて軍馬が多く使われていたので軍で祀ったものも多い。 この像は台座に馬頭観世音とあり、大きめの馬頭観音が載っている。眉の形などは新しさを感じさせるデザインである。右面に建立者の名前が根岸新蔵とある。

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堂宇内右手の庚申塔は傷みが少ない板状駒型のもの。 造立年は延宝8年(1680)と古い。青面金剛像と三猿のものだが、とても丁寧な造りである。青面金剛像の彫りも深く、腕のいい石工の作品だろう。

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堂宇内左手は少し小ぶりの庚申塔。こちらもとても丁寧な造りをしている。造立年は寛延2年(1749)と少し新しいが、庚申塔としては普通の年代。 青面金剛像の下の三猿の彫りがいい。青面金剛像が踏みつけているのは邪鬼だろうか。

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堂宇の裏手にある三角の石碑は富士講の三十三回登山を記念して立てられたものである。写真では分かりにくいが「冨」の上に富士山の山型が描かれ、「平」の字は丸で囲まれている。下北沢村、馬引沢村の人々による丸平講という富士講の33回登山大願成就の祈念碑。

富士山に対する信仰は原始的な山岳信仰として奈良時代からの記録があるが、庶民の間に富士信仰が盛んになったのは富士の行者である食行身禄が現れて庶民救済の教義を提唱した18世紀以降のこと。食行身禄の弟子たちは独立して講を結成し、さらにそこから多くの枝講が生まれた。こうして富士講は19世紀の初頭にその隆盛期を迎え、「江戸八百八講」と呼ばれる程の発展を遂げた。

場所   東京都世田谷区三軒茶屋2丁目56−9

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