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2019年4月16日 (火)

めぐろ歴史資料館前の庚申塔(目黒区中目黒)

めぐろ歴史資料館は分かりにくい場所にあるが、かつての目黒区立第二中学校の跡地で建物をそのまま利用した施設である。2006年に生徒数減少のため統合され廃校になった。今世紀に入って消え去った東京都心の小中学校は極めて多い。校舎の中程が資料館の入口になる。昔ながらの赤ポストがあったりしてレトロ感を出しているが、2008年に作られた比較的新しい資料館である。

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外観はほとんどかつての中学校である。しかしこういう廃校利用の施設はあちこちにある。いいことだと思う。中に入ると、右手に資料館の入口がある。大昔の目黒、古代、中世、近世と展示が並ぶ。これは他の区の資料館とほぼ同じ。いっぽう前庭には五輪塔や道標などの石造物が展示されている。中の展示と違ってこちらは本物である。

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屋外展示は道標が多い。田道橋道標など大正期という新しいものもあるが、宿山組道標は寛政11年(1799)の造立で江戸の中期にあたる。これは道標であるが、青面金剛像があることから庚申塔である。

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庚申塔の正面下部には、北 ほりの内 あわしま 道、右側には せたヶ谷道、左側には 江戸 あさふ 道、裏には ゆうてん寺 めくろ 道とある。以前の所在地は不明だが、資料館では上目黒1丁目あたりと推察している。個人的な見解だが、目黒川が蛇行して入り組んでいた上目黒村と中目黒村の村境あたりにあったのではないだろうか。現在でいうと中目黒日比谷線事故慰霊碑のあるガードだというのが私の推理である。ここは確かに上目黒1丁目、当時すぐ裏手には目黒元富士という富士講の富士もあり、新坂(といっても江戸時代の坂)が目切坂から分かれてこの辻に下りてきている。 ここは村境でもあり、交通の要所でもあったのである。

場所  東京都目黒区中目黒3丁目6−10

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