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2019年4月18日 (木)

中目黒八幡神社(目黒区中目黒)

目黒川周辺の住居表示は目黒、中目黒、下目黒、上目黒とあって、目黒川の上流東横線付近が上目黒、そこから下流に向かって、中目黒、目黒、目黒通り以南が下目黒となる。明治時代までは上目黒村、中目黒村、下目黒村、三田村とあり、現在の住所の目黒は三田村を含んでいる。この辺りでは三田が最も古い地名かもしれない。田町の三田はかつては御田とも書き、江戸時代は町奉行領で、目黒の三田は大名屋敷の拝領が多かったが、ルーツは同じ武蔵国の御田郷である。

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現在の中目黒は駒沢通以南、田道までを中目黒という。寺社を見る場合、江戸時代や明治以前の村境を意識するとそのテリトリーが分かりやすいが、上目黒、中目黒、下目黒はほぼ江戸時代の村域に近い。中目黒八幡神社はとても古い神社で古くから中目黒村の鎮守として村の中心になっていた。ここは目黒川右岸の河岸段丘にあたり、鳥居前の標高が11mに対して社殿の標高は21mと10mの高低差がある。この先は500m南西の祐天寺でも標高25mだからなだらかな台地の端である。

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そういう地形なので境内には神泉と言われる湧水もある。 現在は水脈が枯れてしまい、井戸水を深いところから汲み上げているが、昔はこの崖線にはあちこちに湧水があった。崖があって高低差がある周辺は高級住宅街になっていて、SMAPの某メンバーの豪邸もすぐ近くにある。昭和の頃はそんな高級住宅街ではなかったのだが、平成に入った頃から中目黒は人気の街になってしまい、古くからあった目黒銀座などの人情風情は消えてしまった。

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境内の階段脇にさざれ石がある。『君が代』の詞に出てくるあのさざれ石である。意味としては「小さな石」だが、火山の噴火で石灰岩が分離してまた集積し凝固した岩石で、全国のあちこちでこれを祀る神社がある。地質学上では石灰質角礫岩という。現在は採掘禁止の石材らしいが、戦前の法制化以前に入手したため無事神社の宝としてここに鎮座している。

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境内には多くの巨樹がある。そのため、都会の中の鎮守の森という雰囲気を味わえるところになっている。森も水も豊かという土地であることから、境内では縄文時代の土器なども発掘されており、「八幡神社裏遺跡」と名付けられている。

場所  東京都目黒区中目黒3丁目10−5

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