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2019年4月16日 (火)

大鳥神社(目黒区下目黒)

山手通り(環状6号線)と目黒通りの立体交差点角にあるのが大鳥神社。アンダーパスになっている大きな交差点名も「大鳥神社」で、江戸時代から今日までずっと下目黒のランドマークである。神社の由緒は日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征にゆかりがあるそうで、創建は大同元年(806)と目黒区では最古の神社らしい。目黒通りを挟んだ西側には昔、金毘羅大権現があったが明治時代に廃寺となった。大鳥神社交差点から西側の目黒通りは緩やかな坂になっており、この坂の名前が金毘羅坂と呼ばれ、今でも名前の痕跡として残る。⇒金毘羅坂のページ

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幹線道路が拡幅されて境内は狭くなってしまったというものの江戸時代から境内はそれほど広くはなかったようだ。しかし11月の酉の市は東京でも有数の賑わいを見せ、酉の市としては都内で最も古いものと言われる。江戸時代は、目黒三社(目黒不動、大鳥神社、金毘羅大権現)は特別な賑わいの行楽地だった。

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古江戸9社というのは、根津神社、湯島天神、神田明神、牛嶋神社(向島)、王子神社、金王八幡宮(渋谷)、赤坂氷川神社、築土神社(飯田橋)とここである。古江戸の時期は、太田道灌が江戸にはいった長禄年間(1457~1461)の頃をいうが、実はあまり明確ではない。大鳥神社は江戸名所図会にも描かれており、それによると目黒通り沿いには小川が流れていたようだ。 

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大鳥神社の狭い境内にある御神木がアカガシである。樹木の前に説明板がなく、離れたところに立っているが、玉垣で囲まれた枯れた巨木が元都指定天然記念物のオオアカガシである。通常のアカガシとは異なるものとして貴重なものだそうだ。平成に入ってからは枯死していることが確認され、ついに平成24年に天然記念物指定が解除された。それでもまだ石碑は「都天然記念物大鳥神社のオオカガシ」と彫られて立っている。

場所  東京都目黒区下目黒3丁目1−2

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