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2019年4月 2日 (火)

北澤八幡神社(世田谷区代沢)

代沢にあるのに北沢八幡神社とはこれ如何に? とはいっても現在の住所(住居表示)は昭和後期に決定されたもので、土地の記憶をとどめていないものが多い。元々は下北沢村だったのが南北に分かれて、それが昭和39年の大幅な住所変更で北沢と代沢になった。森厳寺と北沢八幡の辺りは室町時代からの本村で台地の端、東西に流れる北沢川に北から2本の沢が合わさり森厳寺のすぐ南で 合流していた。Cimg2111 森厳寺の東側にある北沢八幡はさらに台地の上に建っている。創建はおよそ500年前の文明年間(1469~1484)、世田谷北部の守護神として当時の世田谷城主吉良氏が勧請した。正式な名称は本殿の扁額に書かれていて、「七澤八社随一正八幡宮」という。七澤というのは何だろうと思ったがよく分からない。Cimg2114 現在の拝殿は大正期に建替えられたもの。後ろの本殿は嘉永5年(1852)、神楽殿は明治26年(1893)と火災などで焼失した関係でまちまちになっている。村の鎮守で本殿脇にはいくつもの境内社がきれいに保たれている。産土社は池の上から池尻にかけてあった大池の主の龍神を祀ったもの。七澤八社のうちの多くをここに集合しているようだ。Cimg2119 拝殿前には富士山遥拝所として江戸時代に富士山から運ばれてきた溶岩を積み上げた富士塚が盛られている。この脇から西の低地を望むと、彼方に富士山が見える。訪問時は気温が高くかなり霞んでいたが、朝方であればかなりくっきり見ることが出来る。Cimg2122 実はこの北沢八幡宮の神職を務めていたひとりに、スピリチュアル・カウンセラーの江原啓之がいる。1980年代後半のことらしく、私が下北沢をテリトリーにしていた時代から10年ほど後のことである。彼ならずとも、この台地の境内から富士を望めば心が洗われる。 神社というのはどこも絶妙な立地にあることに毎度感心する。

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