« 池尻庚申堂(世田谷区池尻) | トップページ | 東山の馬頭観音(目黒区東山) »

2019年4月28日 (日)

寿福寺の石仏(目黒区上目黒)

玉川通り(国道246号線)と駒沢通りの間の野沢通りにある寿福寺は天台宗の寺院。 新清山観明院寿福寺という。創建は元和元年(1615)。近くの宿山にある烏森稲荷は、寿福寺の境内にあった稲荷社を移したものである。しかし境内にある鎌倉時代の板碑から、本当の創建はもっと昔である可能性もあるという。

P1000666

野沢通りの入口からまっすぐな雰囲気のある参道を進む。この参道に植えてあるのはオカメ桜という種類の桜で開花時にはライトアップもされ、中目黒の目黒川の桜よりもはるかに素晴らしい夜桜を見ることが出来る。オカメザクラはカンヒガンザクラとマメザクラの交配種なので、花期は早く2月下旬から3月上旬。

P1000668

参道を進むとやがて山門になる。この山門の両脇に地蔵と庚申塔が並んでいる。 寿福寺は、享保年間(1716~1736)には上野寛永寺子院の護国院の末寺となって栄えた。もとは中目黒八幡神社の別当であった。最近は目黒不動龍泉寺の末寺となっている。

P1000671

向かって右の2基の地蔵尊は相生地蔵と呼ばれる。右側の地蔵は、明和2年(1765)の造立で、正面には「奉建立地蔵尊」、背面には「上目黒邑五本木願主…」とあるので、五本木あたりにあったものだろうか。いずれも寿福寺の銘が刻まれている。

P1000672

もう一つの小さめの地蔵は、宝暦9年(1759)。こちらの願主は宿山組とあり、寿福寺の周辺の願主のようである。こちらにも寿福寺の当時の住職の銘が彫られている。

P1000676

左端は庚申塔である。造立年は寛文6年(1666)。舟型光背型の青面金剛像で、像の浮き具合が素晴らしい。またこの像は剣を持っている。通常は合掌している姿のものが多い。庚申塔の右隣りは座像だが、よく分からない。勉強不足である。

P1000659

野沢通りを挟んだところに寿福寺の飛地の墓地がある。実はこの墓地、江戸時代の切絵図を見ても野沢街道の反対側に墓地があるので、江戸時代からここは寿福寺の墓地だったわけだ。その奥に古い馬頭観音がある。右側は古そうだが造立年は不明、駒型浮彫座像で迫力がある。左側は造立が安政2年(1855)とあり、角柱型の文字塔である。馬頭観音は江戸時代なら古いほうに入る。多くは明治大正期である。

場所   東京都目黒区上目黒5-16-6

|

« 池尻庚申堂(世田谷区池尻) | トップページ | 東山の馬頭観音(目黒区東山) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 池尻庚申堂(世田谷区池尻) | トップページ | 東山の馬頭観音(目黒区東山) »