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2019年5月 5日 (日)

五本木庚申塔群(目黒区五本木)

東横線祐天寺駅の南に目黒区立守屋図書館がある。この場所はかつて、実業家の守屋善兵衛(1866~1930)の邸宅だった場所で、昭和5年(1930)の没後に区に寄贈され公共施設となった。守屋図書館は同氏の名前を取ってつけられた。図書館の裏手の道を進むと旧道らしい曲がりくねった道筋になり、間もなく巨樹に囲まれた五本木庚申塔群が見えてくる。

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庚申塔群前の古道は、蛇崩川支流の源頭の谷の右岸(東側の縁)に通された道だった。守屋氏の邸宅はこの谷を見下ろす斜面に建っていたのである。支流の暗渠は東横線の高架下から謡坂に向かって現在も残っている。この旧道は一説には鎌倉街道と言われている。とはいえ鎌倉街道は東京に何本もあったようで、特定は難しい。

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石像群は一段高いところにあり、アプローチの階段脇に念仏塔が立っている。ここの石仏の保存状態はとても良い。一番右が地蔵菩薩立像であとの4基は庚申塔である。地蔵菩薩立像は五本木地蔵と呼ばれるが、上部に日月が描かれているので庚申塔の可能性もある。造立年代は元禄というのは読めたがあとは分からない<元禄年間(1688~1704)>。

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庚申塔は右から、駒型八臂の青面金剛像で二鶏、三猿、邪鬼が描かれている。造立は宝永11年(1761)とある。 真ん中の庚申塔は、駒型青面金剛像三猿だが、造立年は不明。 左から二番目が最も古く、貞享3年(1686)の駒型青面金剛像で二鶏、三猿が描かれている。 

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一番左側の庚申塔は、元禄8年(1695)のもので、駒型青面金剛像+三猿。 これで終わりかと堂宇の左手に回り込むと、上部の欠けた文字塔の庚申塔が立っていた。「庚申供養塔 上目黒五本木組」とあり文化7年(1810)の造立のようである。

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この五本木庚申塔群は、目黒区の指定有形文化財となっている。区内の庚申塔で有形文化財に指定されているのは、ここと田道庚申塔群、鉄飛坂庚申塔群のみである。五本木の地名は住居表示としては昭和43年に新設されたものだが、由来は古く、江戸時代の目黒村は、上知(アゲチ)、宿山、石川、五本木という4つの組から成っていた。 鎌倉時代までさかのぼると、鎌倉街道沿いに五本の大樹があったことに由来するという説が有力である。

場所  東京都目黒区五本木2丁目20

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