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2019年5月11日 (土)

久富稲荷神社(世田谷区新町)

目黒区から大田区を流れて羽田空港で東京湾に注ぐ呑川の源流は世田谷区桜新町である。そこから世田谷区深沢を流れた呑川であるが、小さな川でよく氾濫し、深い谷を形成したのが深沢の地名の由来。そしてその水は飲めるほどきれいだったので呑川という川名になったという。ついぞ100年も昔はそんな川が都内を流れていたのである。その呑川源流の左岸(東側)にあるのが久富稲荷神社である。

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この神社の変わったところは長い参道があるところである。神社の境内が230坪しかないのに、参道は270坪もある。本殿から厚木街道(旧道)まで250m近くある。結構甘い管理のようでバイクが置いてあったり、民家の勝手口が付いていたりと、かなりアバウトな状態である。この辺りの江戸時代の小字名が稲荷丸というのはもちろんこの稲荷のあるためである。

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神殿は昭和に入って建替えられたものだが、その前の建物は嘉永年間(1848~1853)の建築だったらしい。しかし神社の創建については不明である。 古くから新町村の鎮守社として親しまれてきたというが、江戸時代中期以前の情報は皆無である。ただ東京都神社庁のHPには鎮座四百有余年と書かれている。

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北側の長い参道に比べると南側は勝手口のような近さ。すこし南には国道246号線が走る。しかし元々こちら(南側)には道はなく、長い参道こそが江戸時代から続くこの神社の参道である。

ちなみに久富稲荷の西側、呑川の源流の左岸一帯は明治末期に開発された日本で最初の高級分譲住宅だった。サザエさんで有名な長谷川町子美術館のある周辺で、過度の交番はその分譲住宅地が開発されたときからあの場所にある。その住宅の道路にはソメイヨシノの並木が植えられ、玉電の電停も「新町」から「桜新町」に変更された。この高級住宅地が南に延びたところが現在の深沢の高級住宅街である。最初の開発エリアは商業地化が進み、昔の風景はとどめていない。

場所   東京都世田谷区新町2丁目17-1

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