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2019年5月25日 (土)

神明氷川神社(中野区弥生町)

中野区には氷川神社が多い。北から、江古田氷川神社、中野沼袋氷川神社、上高田氷川神社、中野氷川神社、本郷氷川神社、神明氷川神社と6社もある。氷川神社は水の神様と言われる。本社は大宮氷川神社、かつての武蔵国には多くの氷川神社が広がった。氷川神社は荒川流域を中心にした比較的ローカルな神社群である。埼玉県162社、東京都59社、茨城・栃木県と北海道にそれぞれ2社、神奈川・千葉県に各1社という広がりである。

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大宮氷川神社の創建は嘘か本当か紀元前473年という伝承。そして中野区の最も南にある神明氷川神社の創建は文明元年(1469)。当時武蔵国を支配していた太田道灌が、大宮氷川神社から勧請した。神明氷川神社は江戸時代の雑色村の鎮守として別当寺である正蔵院とペアで村の礎になってきた。神明と付くのは、神明社と氷川神社の合祀となったためで、神明社はもとは少し北の神田川の畔(土手)にあったもの。神明神社は伊勢神宮の系列だが、江戸時代以前の日本はおおらかにいろんな神仏をごちゃまぜにしていたのである。

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本殿前や境内、そして町内にまで、「御鎮座550年」の告知がされていた。これから資金を集めて社殿等を回収する計画らしい。大宮氷川神社にはない狛犬(見る限り獅子である)が鎮座している。こじんまりとした神社だが、現在も中野区弥生町と南台を守る神社とされている。昔は神田川流域の農業における水の神様として深く信仰されていたのであろう。

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境内には古い庚申塔などはなかったが、百度石があり説明板があった。百度石は各地の神社などで時々見かける。昔の人は特に大切な願を掛ける時に裸足になって神社を繰り返し百度お参りした。この石の謂れは分からないが、この宗教観は日本人らしくて好きである。無論、昔から自助努力なしに願いだけしては成就はしないのは当然だっただろう。120%の努力尽力をしてさらに百度参りをする姿が脳裏に浮かぶ。

場所  中野区弥生町4丁目27-30

 

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