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2019年5月19日 (日)

渋谷郷土博物館前の庚申塔(渋谷区東)

渋谷区に郷土博物館があることを知らない人も多いと思う。実は國學院大學のすぐ裏手に「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」という施設がある。考古学の世界ではその手前の國學院大學博物館が秀逸で素晴らしいのだが、渋谷区も細々と頑張っている。入館料は100円だが、館前の庚申塔は敷地に入れば見ることが出来る。館内は1階がイベント的な特別展示室、2階が常設展示で有史以前からをコンパクトにまとめているが、全体としては文学館の要素が大きい。

与謝野晶子夫妻も渋谷の大和田(現在のセルリアンタワー辺り)に住んでいたし、国木田独歩は宇田川町(現在のセンター街付近)に暮らし『武蔵野』を書いた。不動産ディベロッパーのCMで「ホタルの棲む渋谷」と謳っているが、100年前には蛍は多数飛んでいたのである。今の渋谷になってからまだ半世紀しか経っておらず、それ以前は比較的長閑なエリアだった。

しかし、渋谷にはあまり江戸時代の野仏などが多くないのは、谷である地形と、すぐそばまで大名屋敷が迫っていて、農民はもっと郊外に多く住んでいたからではないだろうか。現在の郷土博物館の辺りは、江戸時代は麻布村の西の外れで下澁谷村との村境。向かいには島津藩の下屋敷があった。

Cimg0374

二基の庚申塔はもともと桜丘町29番の斎(いつき)家にあったものを移設している。現在のセルリアンタワーの裏で、アーティストの学校が並んでいるところだ。 左の高い方は、山型角柱型庚申塔で造立年は寛文12年(1672)、右は舟型光背型で享保4年(1719)である。

都心が近くなると、路傍の野仏はほとんど絶滅している。開発の中でどんどん打ち捨てられていったのだろう。資料館のような場所に移設されると保存はしっかりとされるのだが、近所の人が花を手向けたり供物を供えたりすることがなく、なんだか庚申塔から命が抜けてしまったように感じる。見ていて寂しくなるのである。

場所  渋谷区東4-9-1

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