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2019年5月24日 (金)

正蔵院の庚申塔(中野区弥生町)

旧川島村の正蔵院(現在は中野区弥生町4丁目)は真言宗の寺院。天文元年(1532)の創建と伝えられる。寺としての名前は海章寺。以前は宝仙寺の末寺だった。また、明治になり神仏分離されるまでは、神明氷川神社の別当であった。神仏習合、神仏分離については省略するが、明治維新の悪政の代表格だったと思う。

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本堂左手にある2基の庚申塔は両方とも中野区有形文化財に登録されている。左側にある大きいものが板碑型で下部に三猿が描かれているが表面中央部は摩耗が激しくて読み取れない。この庚申塔の造立は延宝4年(1676)と古い。また右側にあるのは、舟状駒型の庚申塔で、摩耗は激しいが中央に青面金剛像、下に三猿が彫られている。造立年は元禄元年(1688)である。

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境内にある説明板にはこれらの庚申塔の説明はないが、川住行教の墓所というのがあり、江戸時代の愛知県西尾藩の役人で、明治維新でも活躍したというが私は知らなかった。ちなみに行教の息子が元陸軍中尉の川住程三郎という人物で、彼は「中野長者の伝説」を調べ上げた人物だということである。中野長者については淀橋の悪い話と熊野神社のいい話が両方あるが、かつて中野と西新宿を支配した有力者である。

これまでにブログに登場した中野長者の話、1)蜀江坂2)十貫坂、そして中野長者鈴木九郎の話は、中野区のHPに詳しく書かれている。

場所   中野区弥生町4丁目12-1

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