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2019年5月 9日 (木)

弦巻の野中の地蔵(世田谷区弦巻)

現在の弦巻通りは三軒茶屋の西側から自然発生的に始まり、駒留陸橋の六差路を経て、ボロ市通りからの直線路に突き当たると、弦巻四丁目交差点で左に折れ用賀に抜ける。 この折れ曲がるところにあるのが通称「野中の地蔵」で、現在は地蔵と馬頭観音がコンビニの駐車場にぽつんと立っている。一応小さな屋根は付いているが、雨除けにはなりそうにない。

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コンビニは以前はサンクスだったが最近ファミリーマートに代わった。 店舗のような新しいものはランドマークにはならない。 それに比べて地蔵や道標は何百年もランドマークの役割を果たしている。背の高いほうの地蔵は天和2年(1682)造立の地蔵立像で、弦巻村の念仏講が立てたもの。その台座が道標になっている。 左り 大山道、そして 右り 世田谷道・堀之内道とある。堀之内というのは現在の杉並区堀ノ内で、堀ノ内道と彫られた道標は大田区あたりにも多い。鎌倉時代の鎌倉街道が大宮八幡宮を経て練馬城へ向かっていた名残りで、道標にも大宮八幡宮に近い堀之内が示されることが多いのではないかと思う。

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地蔵の表面はかなり風化が進んでいて顔もよく分からないが、あちこち補修がなされていて三百年余りの間人々に大切にされてきたのだろう。施主の名前が13人分ほど台座に彫られている。

コンビニが出来るよりずっと前、ここには地蔵堂があったようだ。私もこの地域に30年近く住んでいるが、記憶がはっきりしない。しかし世田谷区の資料にはこの住所には別の2体の石仏が記録されている。ひとつは聖観音立像で元禄元年(1688)のもの、もうひとつは如意輪観音座像で元禄10年(1697)に弦巻村の女念仏講が立てたものである。この2基が何処に現在保存されているのかまだ調べて切れていない。

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現存するもう1基は馬頭観音である。造立年は不明だが、馬頭観音なのでそれほど古くはなさそうである。弦巻通りがこの地蔵にぶつかる東側一帯を昔は渋柿横丁と呼んだ。渋柿の樹が道路わきに植えられ、秋にはたくさんの渋柿がなったという。

上記地蔵が立てられた元禄年間の弦巻村の人口は二百人余りで戸数は35戸という記録があるように、農家がぽつぽつとある風景だったようだ。1戸あたり6人以上というのは当時としては普通の構成だっただろう。明治になる少し前(天保年間)になると戸数は45戸と少し増え、商店もできたという。現在の街の様子からは想像もできない。

場所  東京都世田谷区弦巻5丁目2-12

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