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2019年5月14日 (火)

上馬引沢村の馬頭観世音(世田谷区駒沢)

国道246号線玉川通りの北側にかつて品川用水の流路だった道がある。駒沢大学駅前の交差点から北上すると駒沢病院、その先の信号が自由通り(正式には国道246号線以北は自由通りとは呼ばない)とかつての品川用水跡の交差点になる。昔からの道はこの自由通りではなく、一本西の駒沢病院の裏を南北に走る路地である。 その道が品川用水を渡る橋のたもとに当たる場所にこの馬頭観世音の祠がある。

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正面には「上馬引沢村 惣村中」とあり、左面には「右り あわしまみち」とある。道標をちょっとだけ兼ねている。 江戸時代、大山道から北上し、ここで橋を渡ると道が左右にあり、左は世田谷代官屋敷への道、右は若林村を経て滝坂道(淡島通り)まで続いていた。それであわしまみちとあるのだろう。お堂は平成時代に建替えられている。

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造立年は文化13年(1816)とある。なかなか彫りのしっかりした素晴らしい馬頭観音である。この道は、六郷田無道であったという説がある。 六郷田無道は大田区の多摩川六郷土手から田無へと続く古道で、池上本門寺を経て北上し、現在の品川上水沿いでここまで来る。ここからは北に向かい代官屋敷方面へと続くのが六郷田無道だったとされる。 実は私もこの六郷田無道の一部を歩いて最寄り駅に行くというとても身近な道なのだが、周辺にはそれが古道であることを知る人はほとんどいない。

場所   東京都世田谷区駒沢2丁目4-12

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コメント

吉田康仁さん

取材の材料としては、①写真、②現地でのメモ、③公的な資料、④Web上の情報を確認しています。この馬頭観音を前回訪問したのは2019年でしたが、側面や基壇に書かれている文字が鮮明に映っていなかったのと、基壇辺りの確認が困難で、最終的には『世田谷区石造遺物調査報告書 Ⅲ 地蔵および諸尊』で確認をしています。E5(120ページ)に記載されていますので参考にしました。まだ世田谷区ではこのシリーズのⅠ~Ⅳを販売していると思いますし、区内の図書館にはかなりの確率で蔵書されています。郷土資料館(代官屋敷)でも閲覧できると思います。

投稿: ぼのぼのぶろぐ管理人 | 2022年5月22日 (日) 13時15分

こんにちは。今大学でこの馬頭観音像について調べているのですが、上馬引沢村 惣村中と右り あわしまみち はどちらに書かれているのでしょうか?

投稿: 吉田康仁 | 2022年5月19日 (木) 09時01分

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