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2019年6月 1日 (土)

船橋観音堂の庚申塔(世田谷区船橋)

不思議な空間である。小田急線千歳船橋駅から北へ住宅地を600mほど、墓地のような寺のような、しかし境内とは呼べない荒れた数百坪の土地が現れる。船橋観音堂というのはその中の堂宇の名前。延徳明応年間(1489~1501)に当地に浄徳庵が開かれた。当時は吉良氏が世田谷を支配していた。その吉良氏が、浄徳庵を世田谷城の守護とするために常徳院と改めて宮坂に移転させた。その跡地に開かれたのが船橋観音堂である。

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立派な堂宇でちょっとした山寺の規模。 中には聖観世音菩薩座像があるらしい。堂宇自体は昭和11年に再建したもので、建坪9坪の木像瓦葺入母屋造りである。堂宇に向かって右手(北側)は整地されているが、左手(南側)には樫の木らしい巨木や多くの石仏が並んでいる。奥には墓地も広がり、こちらは昔のままのような雰囲気。

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室町時代は吉良氏の家臣で江戸時代の地元の名主であった鈴木家、内海家の墓所を中心にしたもので、カメラで撮影してもすべてを入れることが出来ないくらい古い石仏が数多置かれている。その中で堂宇の南側、巨樹の近くには古い庚申塔が並んでいる。時間を掛けてじっくり調べたいが、不審者にみられるのであまり長時間は避ける必要がある。

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大樹したに5基の庚申塔が並んでいる。一番右は三猿のみの舟形光背型庚申塔で、延宝4年(1676)の造立、施主8人の名前が刻まれている。右から二番目は山型角柱タイプで三猿のみ、貞享3年(1686)造立。真ん中のものは庚申塔ではなく駒型の地蔵立像で珍しい二地蔵が並ぶ形。造立年は天保13年(1842)、左から二番目はよく分からないが墓石のような感じである。最も左にあるのは庚申塔、延宝7年(1679)造立のもので、舟はし村と彫られている。

これ以外にも馬頭観音や庚申塔がありそうなので、再訪してさらに調べてみたい。

場所  世田谷区船橋1丁目20-16

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