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2019年5月10日 (金)

桜新町2丁目の地蔵堂(世田谷区桜新町)

世田谷通り馬事公苑から桜新町への道はかつての品川用水である。品川用水は旧厚木街道にぶつかると東に流れを変えていた。現在の道路は旧厚木街道にあたる直前でなぜかクランクしている。大正時代までの地図を見ると用水は街道までまっすぐに流れているが、昭和に入ってからの地図を見ると現在の道のクランクと同じ流れになっている。一方の大正時代までの水流は遊歩道になっており、こちらもかなり暗渠臭い。しかし明治期の地図を見るとクランクの道路の方に水線はないものの水車のマークがある。ということはここで流れは二手に分岐してすぐに合流していた可能性が高い。どちらも水路だったというのが一番腑に落ちる。

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遊歩道が旧厚木街道にぶつかるところに地蔵堂がある。中には地蔵菩薩像があり、造立は安永9年(1780)である。世田谷新町村の女念仏講中による造立。 このあたりはもとは世田谷村の飛地だったが、万治年間(1658~1660)に分村して世田谷新町村となった。その時代のものである。明治になって明治22年に世田谷新町村は駒沢村に編入されている。

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地蔵の向かい側にRUSSE桜新町という大きなマンションがある。この区画は明治の終わりころから関東大震災までブライアン・チャールズというイギリス人銀行家が住んでいた豪邸があった。ブライアンはミッキー・カーチスの叔父である。周辺の民家とはまったく異次元の邸宅であったが、レンガ造りだったので関東大震災で倒壊してしまった。昭和10年頃には第一生命がこの土地を買いチャールズ家はイギリスに帰った。第一生命はここに社宅を建てて使っていたが、昭和後期にマンション開発されたという歴史がある。

場所  東京都世田谷区桜新町2丁目17

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