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2019年6月26日 (水)

烏山神社の庚申塔群(世田谷区南烏山)

烏山神社は京王線の南側、千歳烏山駅と芦花公園駅の間にある。古そうだが江戸時代以前の記録はあまりない。創建は元文元年(1736)とされているが、昭和37年(1962)に町内の天神社、神明社、稲荷社を合祀して烏山神社と呼ぶようになった。それ以前は白山御嶽神社と言われていたらしい。この神社の境内には江戸時代の庚申塔が複数並んでいる。

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鳥居の南側の一角、二つの屋根付き堂宇と、玉垣の傍に小さめの庚申塔が2基。江戸時代のこの辺りは粕谷村である。甲州街道を境に北側が烏山村であった。神社の東側には烏山川(古烏山川)が流れ、周辺は低地になっていた。甲州街道を参勤交代する大名は、高島藩(諏訪地方)、高遠藩、飯田藩の3藩と京都から将軍にお茶を献上するお茶壷道中くらいで、比較的寂しい街道だったらしい。賑やかになったのは江戸時代後半、富士講や身延参拝に往来する庶民が増えてからだという。

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向かって右側の堂宇に収まるのは、舟型光背型の大きな庚申塔。高さは114㎝ある。造立年は江戸時代初期の貞享3年(1686)、青面金剛像に三猿の図柄。下部には「品誉連九」とあり願主が9人並んでいると思いきや、10人目に「おかま」という名前がある。このおかまさんがどんな人なのか興味をそそる。

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左側の堂宇にあるのは高さ105㎝のこれも大きめの庚申塔。 青面金剛像の下に邪鬼、さらに三猿が描かれている。造立年は宝暦13年(1763)で江戸時代中期。山型角柱タイプである。

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玉垣の脇にある2つの石塔も庚申塔である。右側は駒型で、青面金剛像+邪鬼+三猿の図柄。造立年は右下にかすかに残っていて、宝暦2年(1752)である。左側はそれぞれ三面に猿が描かれており、山状角柱型で、造立年は裏側にあった。享保12年(1727)とある。どれもかなり時代が古いものだが、きれいに保たれていてありがたい。神社の北側には烏山年仏堂がある。

場所  世田谷区南烏山2丁目21-1

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