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2019年6月13日 (木)

瀧坂道(船橋)の道標(世田谷区船橋)

赤堤通りは環七の世田谷代田から甲州街道の八幡山駅近くまでを走る区道。十数年前に希望丘通りと城南信用金庫桜上水店前の丁字路で接続した。それ以前は細街路として赤堤通りから荒玉水道道路へ連絡していたが、拡幅されて交通量も増えた。元々この赤堤通りも希望丘通りも古い道だが、赤堤通りのこの辺りは古道の瀧坂道で江戸時代には既に民家も集まっていた。

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ここの道標は小さくて、歩いている人ですらおそらく気付かない。私も探して見つけたくらいだから、よく残してくれたものだとありがたく思った。この瀧坂道は上北沢村と船橋村の村境でもあった。

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道標の正面には「向 土手〇〇」とあり、右側面には「向 右 千歳役場 左 宮坂停留所」とある。造立年は大正15年(1926)と新しいが、小田急線の開通が昭和2年(1927)だからそれよりも前である。「土手」というのは品川用水の土手のことだろう。大正時代以前、千歳船橋駅北西のバス停周辺は土手下という地名だった。宮坂停留所は瀧坂道を渋谷方面に行くと、世田谷八幡神社の北側に出る。そのすぐ近くに現在も世田谷線の宮坂駅がある。当時の千歳村役場は現在の榎交差点の北側にあった。榎庚申から路地を入った都立芦花高校の北側である。

場所  世田谷区船橋5丁目33-20

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