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2019年6月17日 (月)

猪方の角柱庚申塔(狛江市猪方)

狛江市は明治22年(1889)に和泉村、猪方村、駒井村、岩戸村、覺東村、小足立村の6つの村が合併して狛江村となった。多摩川寄りの村であった猪方村は、その昔源頼朝が狩りで猪を射止めた場所というのが地名の由来と言われている。もっとも猪はあちこちにいただろうから、それなら全国に多くの猪方村がありそうなものだ。地名の由来というものはそういう一面もある。

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猪方1丁目6番地と5番地の間の丁字路の植込みに山型角柱型の文字塔の庚申塔がある。ここは猪方の北の端にあたる。これより北は和泉になる。庚申塔というものはそういう場所に置かれることが多い。民俗信仰というものは境の儀礼を伴うことが多く、塞ノ神を祀って悪いものの侵入を防ぐというのが本来の主旨である。

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この庚申塔の全面は大きく「庚申塔」という文字、それ以外の面は道標を兼ねている。右側が 東 江戸青山道、左側が 南 野みち、裏面が 西 大山道とある。大山道は現在の世田谷通り、別名を津久井道、登戸道とも呼ばれた。二子玉川を通るのも大山道だが、ここから登戸に渡るのも大山道(矢倉沢往還)である。この庚申塔の前の細い道は和泉村と猪方村の境界でもあり、昔の大山道でもあったのである。庚申塔の造立年は文政9年(1826)と江戸後期である。

場所  狛江市猪方1丁目5-7

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