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2019年6月21日 (金)

東覚院門前の石仏(世田谷区千歳台)

現在の住所は世田谷区千歳台、江戸時代はというと幕府領廻沢村、明治になり品川県廻沢村、神奈川県北多摩郡廻沢村、明治22年に市町村制が始まり東京府北多摩郡千歳村に統合された。明治初期に環八以西のエリアの大部分が神奈川県に所属していたことを知る人は少ない。現在の千歳台がほぼ廻沢村である。

東覚院は古刹で開山は正応元年(1288)と古い。鎌倉中期に大和長谷寺より月空という廻国僧がここに草庵を結んだのが始まりと言われる。戦国時代には吉良氏に守られた。その後盛衰を繰り返したが、明治19年(1886)に大部分が焼失し、完全に復興したのは昭和に入ってからであった。

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正式名は青林山東覚院薬王寺。山門には青林山の扁額が掛かる。この山門は明治19年に焼失しなかったと聞いている。330年前のものが現在も残っているようだ。本堂には元亨2年(1323)あるいは享徳2年(1453)の板碑、墓所には文化11年(1814)の庚申塔があるようだが、今回は拝観できていない。

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山門に向かって左側には庚申塔が立っている。駒型で前面は青面金剛像と邪鬼、右面には世田ヶ谷領廻沢村講中拾八人とある。造立年は元文3年(1738)で江戸時代中期。庚申塔には白っぽいゼニゴケが付着していて文字が読みにくい。

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もう片側には寛文9年(1669)建立の舟型光背型の地蔵菩薩立像が立つ。前面には、「念仏供養道行男女五十人 庚申供養道行三拾一人」とあるので庚申塔でもある。「めくりさわ村」の文字もある。

廻沢の地名の由来は地形から。東覚院の西北の窪地は雨が降ると水がたまる沢地で、その為にこの水を烏山川へ落としていて、いわゆる水めぐる沢だったことから付いたと伝えられる。

場所  世田谷区千歳台4丁目11-11

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