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2019年7月20日 (土)

浄真寺の石仏石塔の一部(世田谷区奥沢)

九品仏浄真寺には数多くの野仏が移されて保存されている。その一つ一つを調べるのは気の遠くなるような作業なので、一部のみ取り上げておきたい。総門を入りすぐ右側のエリアに沢山の聖観音像や六地蔵があるが、その先参道の折れ曲がるところにひときわ大きな十夜塔がある。

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城の石垣のような土台に乗っているのは虚空蔵菩薩像である。奥沢村にも多くの講中があったことは伝えられている。十夜講というのは集まって念仏を唱える行事で、特定の月齢の日に当番の家に集い、飲食・会話を楽しむ懇親的なもので、その夜の月の出を待つというもの。二十三夜塔(廿三夜塔)が多いが、十六夜などもある。十夜塔は珍しい。虚空蔵菩薩像の土台に文政4年(1821)とあるのが造立年だろうか、まだ十分に調べ切れていない。

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その先山門手前右手の三十三間堂周辺にもたくさんの石仏があり、上の写真はそのごく一部である。これらを一つずつ調べるのはもう学術的な領域に入るので立ち入らない方がいいかもしれない。多くは墓石として造立されたものだろうが、江戸時代の世田谷領の農民の信心深さが伝わってくる。

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その三十三間堂前に新しいものがひとつ目についた。昭和5年造立の馬頭観音塔である。こういう新しめのものもちゃんと保存してあるところが素晴らしい。

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ところで前述した九品仏の9体の阿弥陀如来像だが、そのうちの一部が上の写真である。これは上品(じょうぼん)・中品(ちゅうぼん)・下品(げぼん)とあるうちの下品堂に納められている3体である。既に修復が終わった阿弥陀如来像が上品・中品にあったがその黄金の輝きは素晴らしいものであった。写真では表現できないのであえてここでは未修復のものを取り上げた。

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余談だが、九品仏浄真寺周辺にはこの「禁銃猟 警視庁」という明治期に立てた石塔がいくつもある。これは浄心寺の周辺及び寺域で野鳥を討つなどの折衝を禁じたものだが、当時はまさに野山の風景だったらしく、普通に猟師が鉄砲で獲物を捕らえていたようだ。今では想像もできない風景である。

場所  世田谷区奥沢7丁目41-3

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