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2019年7月11日 (木)

深沢の秋山の森庚申(世田谷区深沢)

世田谷区には玉川田園調布や成城学園のような高級住宅街があるが、深沢もネームバリューを持った高級住宅街である。深沢には小沢一郎氏の邸宅があり、自民党の核になっていた時代は警察官が何人も周辺で警備をするようになり、小沢邸の知名度から深沢に高級住宅の価値が増したようにも思う。しかし本来の深沢はのどかな農村であった。その痕跡があちこちにみられるのが深沢の良さでもある。

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区立深沢小学校の南東の角に庚申塔のお堂がある。金属製の標柱には庚申塚(庚申様)深沢神社とある。その少し奥にある御影石の標柱には秋山の森、さらにその奥にある標柱にはお地蔵様と書かれているが、ここには庚申塔が一基あるだけである。この庚申塔は風化が激しくて書かれているものが読めない。青面金剛像ですら幽霊の立ち姿になっている。

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秋山の森というのは深沢の名家で、この辺りの森を所有していた家である。非公開ではあるが大正4年築の母屋も保存されていて、周辺の樹林は秋山の森と呼ばれて今もなお武蔵野の原生林を彷彿とさせる。その一部は農芸高校の演習林にもなっていて、ここが東京23区内にある住宅街とは思えない雰囲気がある。

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すぐ近くにある小沢邸は秋山邸に比べれば小屋みたいなものである。そうすると我が家はクロネコの段ボール程度か。まあ、それくらいの規模ということである。明治時代の深沢村の地図を見ると、この辺りには北から南に「江戸道」と呼ばれる道が走っており、その途中には「小便地蔵」「だんご地蔵」があり、秋山の森には庚申塔があったとある。この庚申塔の位置が特定できないが、それが現在あるこの庚申塔ではないだろうか。小便地蔵は昭和後期まであったようだ。

地蔵の傍に大きな松の木があり、子供たちが登って小便をかけるなどいたずらをして地蔵の頭を壊してしまった。そこで片山の和助という人老人が柵を作ってお守りしたが、急に病気になってしまった。ある日夢にお地蔵さまが現れ 「わたしは子供が大好きなので柵を取るように」 と告げた。 柵を取り外すと和助老人は元気になり、 子供たちはまた周りで元気に遊ぶようになった。以来、 この地蔵を小便地蔵というようになったという。この庚申塔の場所は元は小便地蔵のあった場所である。さて、では小便地蔵はどこへ行ってしまったのだろう。また宿題になってしまった。

場所  世田谷区深沢1丁目3-31

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