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2019年7月31日 (水)

池ノ上駅前の庚申塔(世田谷区代沢)

京王井の頭線池ノ上駅、駅の南にある小学校は池之上小学校。「池ノ上」と「池之上」の使い分けについてはよく分からない。旧町名は大字下北沢字池ノ上(昭和初期以前)であった。その頃から池ノ上と池之上は混用されていた可能性が高い。池ノ上地区は昭和7年(1932)には北沢2丁目に含まれ、昭和39年(1964)の新町名で代沢2丁目になった。池之上小学校の創立は昭和15年(1940)である。

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庚申塔は池ノ上駅改札前の踏切から40m下北沢寄りにある踏切から少し南に下がったところにある。この通りは江戸時代からの古道で、三田用水の三枚橋(現在松蔭学園がある三又)から森厳寺に繋がっていた。この道は北沢と代沢の町境。庚申塔は代沢側にある。

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庚申塔の右下に石碑があるが、読んでみるとこの庚申塔を建設するにあたり尽力した人々への感謝が書かれていた。この二歩(2坪)の土地を寄贈してくれた青山南町の望月軍四郎氏への謝意がメイン。この碑は大正13年(1924)に立てられている。大正13年というとまだこの辺りの多くが原野だった。ここから森厳寺までは民家は皆無。そんな場所だから礼を言うほどのものでもないと思うのだが。

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庚申塔は堂宇にすっぽり包まれて、上下や側面の文字を見ることすらできない。顔だけ出して「こんにちは」状態。昭和の後期に調査をした世田谷区教育委員会でもこの状態で写真を撮っている。青面金剛像だけは分かるが、造立年や下に何が描かれているかは不明である。おそらくは戦前はむき出しの状態で庚申塔があったのだろう。それを戦後堂宇で囲んだのではないかと思われる造りをしている。

昨今世田谷近辺では石仏を網や檻で守るようなところが増えてきた。守る方は必死である。悪いのはいたずらをしたり盗難を図るクズのような人間たち。昔は「このバチ当たりめが!」と叱られたものだろうが、世の中、人間よりも経済が重要になってしまい、当の人間からおかしい個体が多数現れているように思う。やはり民間信仰は平和のために必要なのではないかと思わされるのであった。

場所   世田谷区代沢2丁目44-9

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