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2019年7月30日 (火)

自由が丘熊野神社の庚申塔(目黒区自由が丘)

一時期「トレンディ」という言葉が流行っていた。今ではクサい響きに聞こえる言葉で、かつての「ナウい」を想起させる。ただ流行のはしりになる街というのは昭和、平成と変遷していて、王道は渋谷なんだろうが、その後吉祥寺、下北沢、自由が丘などが流行り、自由が丘は中目黒の人気と武蔵小杉の開発でちょっとだけブレーキが掛かったようなところがあった。しかし二子玉川、横浜、渋谷という街に電車一本で行ける地の利から今でも十分トレンディなのではないだろうか。

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ただし流行が落ち着いたおかげで、私でも楽に回遊できる街になったのは有難い。そんな自由が丘駅の北200mほどの場所に熊野神社がある。昔は「谷畑の権現様」と呼ばれた鎮守。谷畑は現在の自由が丘や緑が丘の地域の大字で、江戸時代は衾村の南端で奥沢村に接していた。鎌倉時代から江戸時代にかけて熊野詣が民間に流行し、あちこちに熊野講が出来た。言い伝えではこの神社もその流れで鎌倉時代に勧請されたものらしい。

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神社の参道入口脇に小さな祠がある。その中には庚申塔が1基祀られている。熊野講が落ち着いた頃、江戸中期には念仏講、庚申講が大流行している。したがって古くからある熊野神社の門前にちょっとだけ間借りして建てられた庚申堂なのだろう。庚申塔は角柱型で青面金剛像のみが描かれている。造立年は文政11年(1828)と江戸時代後期のもの。

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自由が丘という地名が出来たのはいつだろうと調べてみた。昭和2年(1927)に東横線が開通、当時は自由が丘駅ではなく九品仏駅だった。ところが2年後の昭和4年(1929)に大井町線が開通し、九品仏浄真寺の参道入口に駅が出来た。その駅は九品仏駅でなければならない。するとそれまでの九品仏駅をどう改名するかで東急電鉄の検討が始まった。

同じ時代、近所に自由ヶ丘学園が開校して昭和の新しい時代の雰囲気を持っていた。電鉄は昔からの村名を使った「衾駅」としようとしていたが、結局自由ヶ丘学園の名前からとって「自由ヶ丘駅」とすることになった。「自由ヶ丘」が「自由が丘」になったのは昭和41年(1966)の全国的な住居表示変更に従ったものである。

自由ヶ丘学園は昭和12年(1937)に幼稚園と小学校を分離してトモエ学園が出来た。そこにいたのが『窓際のトットちゃん』で有名な黒柳徹子である。

場所  目黒区自由が丘1丁目24-12

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