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2019年7月16日 (火)

等々力七丁目辻の庚申塔(世田谷区等々力)

目黒通りと上野毛通りが分かれる交差点は変則的な形状をしている。真ん中にガソリンスタンドを挟んだ六差路、それも東からは目黒通り一本のみ、それに南北の道が絡み、西には目黒通りと上野毛通りとその北側の古道とがフォークのように分岐する。実は上野毛通りが新しい道で、目黒通りは野毛の渡しを経て武蔵新城へ渡り、上野毛通りの北側の道は二子の渡しを経て高津へ渡る古い街道である。

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上野毛通りと北側の古道の分岐点が樹木に覆われた土地でそこに簡易的な屋根が付いた石仏が並んでいる。一番大きな右側の石塔は道標である。造立は延享3年(1746)で高さは138㎝ある。正面には地蔵座像が彫られ、荏原郡等々力村講中とある。右面には、「右 大山道 二子渡し」とあり、左面には、「左 影向寺中稲毛江」とある。

影向寺というのは現存する古刹で、川崎市宮前区と高津区の区境にある天台宗の寺院。江戸名所図会にも登場する名刹で、開山は古く天平12年(740)で開基は行基と伝えられる。この景向寺の別名が稲毛薬師で、それで影向寺の中にある稲毛(薬師)へ(江)ということなのだろう。

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その隣にはもう影も形も失せかけた赤みがかった石塔の一部があるが正体は不明。その左にあるのが庚申塔である。青面金剛像に邪鬼と三猿を描いたものだが、邪鬼と三猿はほとんどわからない。大正10年(1921)再建とあるが材石が悪いのか傷みがひどすぎる。また再建される前はいつの造立だったかも不明である。おそらくは道標と同じような時代なのではないだろうか。

左端には新しい地蔵立像が横向きに置いてある。これは真ん中の正体不明の石塔の再建モノなのだろうか。なにも彫られていなかったので、これも正体不明であった。

場所  世田谷区等々力7丁目14-28

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