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2019年7月29日 (月)

恵比寿西衆楽坂下の庚申塔(渋谷区恵比寿西)

代官山から恵比寿駅に向かって下る名のある坂のうち、一番北の比較的広めの道が衆楽坂である<衆楽坂のページ>。 その坂下にあるのが恵比寿庚申塔と言われる数基の庚申塔が集められた境内。道路より背丈ほど高いところにあるのはかつては塚だったのだろうか。

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現代的な代官山、恵比寿にしてみればいささか異空間である。しかしここに保存されている庚申塔群は江戸時代初期の極めて貴重なもの。またこの地域は、江戸時代は下澁谷村の外れで、当時やはり野原だった広尾から大山道(別道)をやってくると、まず渋谷川を渡り、続いて現在の恵比寿駅前周辺は「渋谷広尾町」という町名で池尻に向かう街道筋となっていた。衆楽坂はそこから裏手の丘に登る道である。

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まずは屋根付きの4基の大型庚申塔。 右から、板碑型で図柄は猿のみ、造立年は寛文8年(1668)とある。武州豊嶋郡下澁谷村の銘がある。次に右から2番目の庚申塔は、板状駒型で青面金剛に三猿の図柄。造立は延宝4年(1676)とある。左から2番目は板碑型で図柄は青面金剛のみ。造立年は延宝2年(1674)で、最右と同じく武州豊嶋郡下澁谷村の銘がある。そして一番左にあるのは、同じく板碑型で三猿のみの図柄。最も古く造立年は寛文4年(1664)である。

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堂宇脇には折れて欠損して何も読めない石碑(多分庚申塔)が2基あり、その脇に比較的新しい庚申塔と馬頭観音が並ぶ。この小さめの庚申塔は時代が新しく明治38年(1905)のもの。青面金剛像、邪鬼、三猿が描かれている。馬頭観音の造立年は大正4年(1915)。

この庚申塚(個人的に勝手に塚とした)に立っていると、恵比寿や代官山の喧騒がピタッと消えるような感覚になるから不思議である。

場所  渋谷区恵比寿西2丁目11-8

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