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2019年8月 2日 (金)

北沢一丁目延命地蔵尊(世田谷区北沢)

三田用水の三枚橋から森厳寺に通じた道と池ノ上駅北側で交差するのは、北は現在の茶沢通りの馬場坂から南は淡島まで通じる村の主要道であった。この道の傍に住んでいたので、地形は足が覚えている。東北沢駅付近で標高は40m、池ノ上駅付近では42m、そこから淡島通りの標高25mまで台地から低地へと下っている。

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東北沢駅と池ノ上駅のちょうど中間あたりにあるのが延命地蔵尊。ここから下北沢の茶沢通りに下る道はすべて急な下り坂になっている。下北沢の谷を作ったのは森厳寺川という細い川。そして台地の東側には松蔭高校あたりの湧水を源頭にした細流が東京大学駒場キャンパスの西側の谷を下り、淡島交番前先で北沢川に合流していた。

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簡素な堂宇の上には延命地蔵尊のこれまた簡易な扁額が掛けられている。かつてはこの前に道標を兼ねた石塔があったがいつからか無くなった。堂宇の中、中央には延命地蔵尊、右側には庚申塔が並んでいる。

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延命地蔵尊は台座を含めた高さが165㎝、丸彫の地蔵菩薩である。造立年は延喜3年(1746)、台座には多数の名前が刻んであるが、願主はすべて女性である。女中念仏講によるものだろうか。奉願代表者は安野助左衛門ノ母、安野五右衛門ノ娘と刻まれている。実は近所に住む知人で安野姓の人がいる。地元の祭りなどにも積極的に参加する家の人だが、もしかしたら刻まれた人たちの子孫だろうか。

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右側の庚申塔も高さ120㎝ある大きなもの。造立年は宝永元年(1704)で板状駒型、青面金剛像に三猿の図柄である。富士山が大噴火を起こしたのは1707年(宝永4年)のこと、この庚申塔も火山灰を被ったのだろう。

場所  世田谷区北沢1丁目30-8

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