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2019年8月28日 (水)

上馬宗円寺の石仏(世田谷区上馬)

上馬交差点と言えば国道246号線と環七の立体交差。環八では国道246号線との瀬田交差点が8.5万台でトップだが、環七になると国道246号線との上馬交差点は第4位の7.2万台、1位は甲州街道の大原交差点の9万台に続き、大森東(第一京浜)、大和町(中山道)の次になる。それでもやはり凄い交通量である。そんな上馬交差点のすぐそばにあるのが宗円寺。

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広い寺ではないが、宗円寺が特別なのはここには世田谷区最古の庚申塔があることであろう。宗円寺の創建は慶長元年(1596)と言われるが、世田谷区の説明板には文保元年(1317)に小さな草庵が始まったということが書かれている。元は馬引沢村の八幡として始まったものらしい。

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山門を入ると寺の狭さが感じられるが、すぐ左側には延喜元年(1744)の地蔵菩薩がある。台座に「地蔵講中為二世安楽  世田谷上馬引沢村願主西念」とある。西念は僧の名前だろうか。 右側には「宗円九世来山叟代」とある。「叟」は老人の意である。それぞれのつながりはよく分からないが、江戸時代寛永10年(1633)に中興されているが、明暦の大火(1657)後に浜町から築地に移転、関東大震災(1923)被災後、昭和4年(1929)に現在の地に移ったとあるが、明治時代の地図にもここには宗円寺が描かれているので、どうもつじつまが合わない。

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山門をくぐって右側にあるのが、世田谷区最古の庚申塔である。三猿のみの図柄の板状駒型の庚申塔で、造立は明暦4年(1658)である。三猿の上が色が違って見えるのが気になった。もしかして青面金剛像か文字が描かれていたのだろうかと想像してしまう。世田谷区最古にしてはそっけなくサカキ(と思われる)の間におとなしく収まっている印象。他の区でも明暦以前はまずない。都内で最古は根津神社の寛永9年(1632)のものと言われるので、庚申信仰初期のものというのは間違いない。

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その傍らには聖観音立像があるが、これも古い。造立は寛文2年(1662)である。願主に白井利兵衛他同行15人とある。この像もさらっと置いてある感じはこの宗円寺の魅力でもある。

江戸時代から昭和初期まで、ここには品川用水が流れていた。品川用水は武蔵境で玉川上水を分水し、現在の戸越公園まで水を引いた寛文9年(1669)完成の用水である。戸越公園は寛文年間頃、熊本藩主細川家の下屋敷であった。きっかけは細川屋敷だったのだろう。しかしそれ以上に戸越周辺の灌漑用水が必須であった。明治時代まで水を盗んだという争いが絶えなかったようである。

場所  世田谷区上馬3丁目6-8

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