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2019年8月29日 (木)

野沢稲荷神社の庚申塔(世田谷区野沢)

環七通りに程近いところにある野沢稲荷神社。創建の年は不詳だが、江戸後期の地誌である『新編武蔵風土記稿』には、江戸時代から野沢村の中心に稲荷があったと記されている。また、庚申塔の存在も記述があり、江戸時代から神社も庚申塔もここにあったことがわかる。

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野沢稲荷の鳥居前から北に進む。神社の境内の北の角に樹木に囲まれた階段、その先には庚申塔の堂宇があるのだが、訪問時は樹木の生い茂り方が半端なかったので、枝をくぐっての庚申塔参拝になった。

野沢村は、正保年間(1644~1647)に荏原郡六郷領沢田の田中七右衛門と、葛飾郡葛西領の野村次郎右衛門が入籍して開墾開発し、万治年間(1658~1660)に馬引沢村から独立した。その時に七右衛門の来た沢田と、野村の最初の文字を取って野沢村にしたという。しかし現在の環七の筋を流れていた品川用水の取水は認められず、細々と畑作をしていた。

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庚申塔は駒型で高さは1mほどある。青面金剛像に邪鬼、三猿が現在もまだくっきりとわかる保存状態の優れたもの。造立年は元禄8年(1695)と300年を超えている。左側に「野澤村」と彫られているので、元禄時代には既に村として成立していたことがわかるが、元禄時代の戸数は僅か7軒だったという記録も残っている。東京の環七の内側だが、300年前は開墾してやっと畑が造れるようになった村だったというのが、歴史を感じさせる。

場所  世田谷区野沢2丁目2-13

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