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2019年9月24日 (火)

藤の庚申(目黒区中目黒)

目黒区には目黒川沿いの田道庚申通りという通称名の通りがあるが、上目黒天祖神社の南の辻から東に向かう庚申道のほうが昔からの庚申の名が付いた通りである。道幅は公道基準の4mに満たない狭い道だが、昔は主要道であった。上目黒天祖神社の道標を兼ねた庚申塔にも、「是より末町さき四辻、左ふとう道」とあった祐天寺から目黒不動への道である。

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駒沢通りから入るとしばらくは車が来ると避けなければならないほどの狭い道だがなべころ坂を過ぎると急に広くなる。ここは高度成長期には東京ガスの大きなガスタンクがあった脇。庚申道沿いには数棟の公営アパートがあって、私の友人の1人がそこに住んでいた。個人的にはな塚いい場所だが、当時は藤の庚申など気づくこともなかった。この庚申塔の前の道が江戸時代に祐天寺と目黒不動を往来した参詣客のメインルートだったのである。

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2基の庚申塔の内、左の大きい方は駒型で青面金剛像と三猿の図柄。右側には「庚申講中為両親二世安楽也」とあり、左側に造立年がある。貞享元年(1684)10月である。 右の小さい庚申塔は板碑型の文字塔。 前掛けを上げて文字を読ませていただいた。元禄元年(1688)10月の造立。「南無青面金剛」と真ん中に彫ってある。史料によると、下部に三猿の代わりに「申ノ形」という文字が3つ並んでいるそうである。視認できなかった。

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この庚申塔は区立なべころ坂緑地公園の一角にある。 説明板によると、古くから藤の庚申と呼ばれているようだ。昔からここには大きな藤の樹があったという。今も藤棚で囲んである。 この庚申塔の前で庚申道から分かれて南の谷に下る道がある。明治初期の地図には描かれている。坂下の通りは中町通りという通称で、その先には昔、谷戸前川(耕地川)という目黒川の支流が流れていた。祐天寺の南(昔の小字が谷戸前)を水源として、田道で目黒川に合流していたが、現在は完全に暗渠化されている。

場所   目黒区中目黒5丁目6-5

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