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2019年9月11日 (水)

平太夫堀を遡った庚申塔(世田谷区北烏山)

個人的にたまに行く甲州街道の烏山のスシロー、その近くにあった庚申塔が2015年頃なくなった。空き地の駐車場だったところに簡素な堂宇がありそこにあったのだが、新たに住宅が建設され堂宇と共に消えてしまったのである。上高井戸から北烏山を散策していた折に、北烏山でその庚申塔を見つけたときはとてもうれしかった。

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上の写真はGoogleストリートビューからいただいた2015年のその庚申塔の堂宇。現在この砂利敷きの駐車場は3棟の新築住宅になっている。庚申塔などの野仏が消えるのはよくある話で、神仏を信じなくなった現代人が経済優先で物事を進めると往々にして消えざるを得ないのは時代の流れ。 だからこそ今のうちにとどめておこうとこうしてブログを書いているのだから仕方がない。

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場所は辻にある2基の庚申塔よりもずっと北に進んだところ。区立武蔵丘小学校の近くである。この道は古くは千駄山通りと呼ばれた古道で、道に沿って平太夫堀という用水路が流れていた。歩道が広いのはその用水路跡だからである。平太夫堀は昭和の中頃まで開渠であった。しかし文献にもまったく登場しない用水路なので、詳しいことは分からない。ただ、各時代の地図を見ると、平太夫堀は2基の庚申塔の辻で二手に分かれ、西側の流れはそのまま南へ流れて数年前まで庚申塔があった辺りを通り南烏山へ流れていたことがわかる。庚申塔は用水路跡を上流に登った訳である。

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新しい管理人さんにきれいな堂宇を立てて磨いてもらった庚申塔は見事なものである。駒型で青面金剛像に邪鬼、そして台石に三猿が描かれている。 造立年は安永9年(1780)11月。願主は28人、プラス世話人2人だが、全員苗字は書かれていない。かつての場所は南烏山3丁目18-15である。

場所  世田谷区北烏山1丁目45-2

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