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2019年9月 8日 (日)

中央道高架下の庚申塔(杉並区上高井戸)

中央高速道路の高井戸インターは出ることはできるが入ることが出来ないインターチェンジである。杉並区では1970年代に高井戸ICの反対運動が激しく住民の合意が得られないということで入口が出来なかったという経緯。後年入口を造らなかったことによる経済損失の大きさから都と区は前向きな姿勢になっているようだが、外環自動車道の工事も進んでいる折、コスト対効果を考えるともう無理ではないかと思う。明治時代の汽車や電話線が疫病と災害をもたらすと信じた庶民と似ているが、便利というものは常に何らかの犠牲の上に成立しているので、入口を造らなかったことが良かったのかどうかは分からない。

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それでも首都高の入口にはなっているので、しばしば利用している。この道路の一部はかつては玉川上水の流れだったのだが、上北沢駅入口で道路に飲み込まれてから西は、高速道路が南にカーブする下、浅間橋まで玉川上水の痕跡はほとんどない。ところが玉川上水、現在もかなりの水量が流れているのを知る人は少ない。とはいえ太宰治のように入水自殺できるほどの水位ではないが。

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そんな中央道に続く高架下に庚申塔が堂宇に守られて祀ってある。笠付角柱型で青面金剛像、邪鬼、三猿の図柄。造立年は享保20年(1735)とある。「上高井土村庚申供養講中」とあり、東原10人、中橋8人、下町8人、下川8人の願主の銘がある。東原は「ひがしっぱら」と読み、今の上高井戸3丁目辺りだからまさに庚申塔がある区画の旧地名である。中橋はこの先西に進むと玉川上水を渡る中ノ橋があった辺り。現在でも交差点名は中ノ橋(なかのばし)。下町は、ずっと東の下高井戸4丁目辺り、高井戸第三小学校の付近に「下町会」なる町内会がある。ただ、下川だけは分からない。

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この庚申塔(庚申堂)は昔は80mほど東の、旧高井戸2-506にあったらしい。当然高速道路も広い都道もない時代で玉川上水がこんこんと流れていた頃の話である。そこには玉川上水に架かる庚申橋という橋があり、当然橋名は庚申塔があることから付けられたものだろう。江戸時代に遡ってみると、「堂之下橋」という橋名になっている。江戸時代も庚申堂に入った庚申塔であったのだろうか。

ところがここで数十m幅の道路を渡る歩道橋の名前が「庚申橋歩道橋」となっているのである。現代にもまだ続いていた名前の痕跡を見つけた気がした。この橋を渡る道は、江戸時代は浜田山からここに通じ、ここからはほぼ赤堤通りの筋を通って、滝坂道に繋がっていた。歩道橋名も気を付けてみると意外に面白い。

場所   杉並区上高井戸3丁目8-27

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