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2019年9月23日 (月)

上目黒天祖神社庚申塔(目黒区上目黒)

上目黒の天祖神社は駒沢通りと東横線の間の駒沢通り沿いにある。このエリアは江戸時代、上目黒と中目黒と下目黒の入会地(いりあいち)だったようで、おそらく祐天寺、上目黒天祖神社、中目黒八幡宮、正覚寺一帯は、複数の村の共同体のくくりだったのだろう。さらにこの周辺は徳川家の領地を示す御府内の外(朱引の外)だったが、江戸の町奉行の管轄内として墨引きの内側になっていた。

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古くは伊勢森と呼ばれたこの辺りの地名だが、その伊勢森に鎮座していたのがこの天祖神社で創建年代は不詳。江戸時代初期以前の可能性もありそうである。そんな神社の境内に入り、社殿から左を向くと、庚申塔が2基、堂宇に守られて祀られている。

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左の方がやや大きい。 左の庚申塔は駒型で青面金剛像、二鶏、三猿の図柄。造立年は宝永5年(1708)である。富士山の宝永大噴火の翌年だから、全国的に不作だった年だ。右側の庚申塔も駒型で、青面金剛像、二鶏、三猿のデザインである。こちらの造立年は享保元年(1716)と少しだけ後になる。

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右の庚申塔は昔は神社の前の通り(現在の駒沢通り)沿いにあったと伝えられる。道標を兼ねていて、「是より末 町さき四辻 大道 九品仏道」とあり、「右 せたかい道」、「左 ふとう道」と彫られていると説明板にはあるが、傷んでいてはっきりとは読めなかった。江戸時代から駒沢通りは人通りの多い街道で、碑文谷を経て九品仏から二子の渡しに行く道であった。右は蛇崩、駒繋神社を通り大山道へ、左はそのまま目黒不動への道だった。この左の道は今も庚申道という名前が残っている古道である。

場所  目黒区上目黒2丁目32-15

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