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2019年9月19日 (木)

別所坂上の庚申塔群[前列](目黒区中目黒)

私の最も好きな坂道のひとつである別所坂の坂上に庚申塔群がある。この庚申塔のすぐわきを昭和の中頃まで三田用水が流れていた。三田用水は玉川上水を笹塚で取水し、目黒川の河岸段丘上を流して五反田から三田にかけてを潤した。三田用水の痕跡はもうごくわずかしか残っていないが、それを探すマニアもいる。

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その急な別所坂(傾斜13度/23%)の坂上にコンクリートの堂宇があり、6基の庚申塔が祀られている。近年のものかと思いきや、『新編武蔵風土記稿』に「庚申塚、除地五坪 村の東の方 小名別所通に在り」と書かれているようだ。江戸時代からここには庚申塚があったことになる。もっとも別所坂は江戸時代から多くの人が通った道であったし、複数の村境でもあるので納得がいく。

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庚申塔は6基とも立派な大型のものである。堂宇の脇には平成9年(1997)制作の真鍮の銘板で解説がある。「庚申塔は庚申を信仰する庚申講の仲間たちが建てたものである。60日に一度来る庚申の日に眠ってしまうと、三尸(さんし)という虫が体内から抜け出し、天の神に日頃の悪事を報告され、罪状によって寿命が縮められるので、集まって飲み食いしてその夜は徹夜した。」旨が明解に書かれている。一般の人にもわかりやすい説明板である。

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手前右の庚申塔は、元禄元年(1688)10月の造立。駒型で青面金剛像と三猿の図柄である。右下に「庚申」とあり、左側に「元禄元戊辰年十月吉祥日」と銘がある。

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手前中央の板碑型庚申塔は、延宝8年(1680)11月の造立の文字塔。文字は薄いが、「奉供養南無帝釈天王」「武州荏原郡中目黒村」と銘がある。

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手前左側の庚申塔は彫りがきれいである。駒型で青面金剛像に三猿、二鶏がきれいに描かれている。造立年は享保元年(1716)11月、「奉納庚申供養」の文字だけが読めるが、他には書かれていないようである。

坂のところでも書いたが、別所と言う地名は新しく切り開かれた場所に付けられる名前である。しかし、ここは別説である目黒の方言で突き当りとか行き止まりをいう呼び名という方がしっくりくる。坂を上る人も下る人も、ここで一息入れたに違いない。

場所  目黒区中目黒2丁目1-20

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