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2019年10月 7日 (月)

石川町の庚申塔(大田区石川町)

呑川の別称に石川という名前があり、大田区石川町の町名の由来になっている(「新編武蔵風土記稿」)。世田谷区奥沢から30mほど目黒区緑が丘を通ってから、呑川に架かる島畑橋を渡って石川町に入る。この道は江戸時代からある道。耕地整理された街区の中で数少ない古道のひとつである。かつては大岡山に通じていたが、現在は東京工大のキャンパスに含まれてしまっている。

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島畑橋を渡ってから50mほどで左に堂宇が見えてくる。ここから東側は呑川の河岸段丘になっており、100m程東には稲荷坂、その北100mには神明坂という坂があり、特に稲荷坂の崖線上の公園に立つと河岸段丘がよく分かる。段丘の高さはおよそ12mほどである。したがって庚申塔の堂宇は呑川の河岸段丘の下にある。この辺りは周辺の耕地整理に遅れて戦後開発されたエリア。それだけ地盤が弱かったのだろう。

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堂宇を除くと2基の庚申塔と1基の供養塔が並んでいる。右の供養塔は寒念仏供養塔で高さは77㎝、舟型の地蔵菩薩立像である。造立年は寛保3年(1743)12月、願主石川村鈴木治兵衛とある。中央は板状角柱型の文字塔。「庚申供養」と真ん中にあり、右側に享保13年(1728)、左側に11月とある。下部には石川村以下、願主9名の銘があり、その中で鈴木姓が5人、この辺りは鈴木姓が多かったのだろう。

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左側の庚申塔は高さ98㎝の大きな駒型の塔で、青面金剛像に三猿が描かれている。造立年は貞享元年(1684)12月29日と古く、世田谷領之内石川村願主とあり6名の名前がある。ここでも鈴木姓が半数。もっとも日本人の中で鈴木姓は第2位で約180万人が鈴木さんなのだが、全国的には1.5%だから50%は極めて多い。全国分布を見ると西日本は意外と少なく名古屋以東~北海道の東日本エリアに多い。東京・神奈川・埼玉・千葉・茨城・栃木では佐藤さんより多く1位である。

場所  大田区石川町1丁目13-4

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