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2019年10月23日 (水)

久我山の六地蔵(杉並区久我山)

久我山地蔵堂には両脇に3体ずつ、両方で6体の地蔵があり、これが久我山六地蔵である。駅から北に上る道には「六地蔵通り」という表示があり、「昭和25年頃まで六地蔵が安置されていた道」という説明がある。現在の住所でいうと、久我山4丁目7-1にあったのがこの六地蔵。 東西に走るうえみちと駅からの道の丁字路になっていた場所に地蔵があったと伝えられる。

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向かって左側の3体は特に造立年が彫られていないようだが、区では享保8年(1723)としている。そして右の3体のうち一番入口側の地蔵に享保8年(1723)8月28日の造立年月日が彫られている。6体とも杉並区の登録文化財になっている。

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これらの六地蔵は丁字路に南向きに並んで祀られていたという。駅からの坂は当時とても急な切通しの崖に挟まれた坂道で、雨が降るとぬかるんで通行人が難儀をしていた。 昭和26年にこの坂道が耕地整理によってなだらかにされた折に、丁字路は十字路となり、六地蔵は光明寺跡の墓所に移された。明治末期の国土地理院の地図を見ると、この坂が切通しの崖になっていて、その先西の道を北に進むと墓所がある道筋になっている。ただし、丁字路はすでに北に道が伸びて十字路になっている。地図を拡大してみると僅かに南から上ってきた六地蔵通りは丁字路で突き当たるが、ほんの1間程度で北への道が繋がっている。この微妙なクランクの角にあったのであろう。

場所   杉並区久我山4丁目50-8

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