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2019年10月 4日 (金)

奥沢の道祖神と庚申塔(世田谷区奥沢)

東急目黒線の奥沢駅、私の年代だと2000年に名前の消えた目蒲線の方が分かるが、名前を変えてすぐに目黒線が地下鉄の乗入れを開始、駅も沿線も変貌したのは記憶に新しい。奥沢駅は目蒲線時代は4両編成の小さな駅だったのが今は8両編成のホームを整備した立派な駅になった。その奥沢駅の南側、碁盤目状の街区を斜めに南東に走る道がある。この辺りの現存の道はほとんどが関東大震災以降の耕地整理で宅地化した道だが、なぜこの道だけが斜めなのかはわからない。そんな斜めの道の途中に道祖神と庚申塔がある。

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上の写真の右の路地を進むと奥沢駅である。そのとんがり部分に3基の石塔が祀られている。左の細めのものは文字塔の庚申塔で、造立年は寛延3年(1750)12月。正面には「庚申之供養」とあり、左面に「寛延三年」右面に「庚午十二月吉日」とある。裏面には「武刕荏原郡奥沢村」と彫られている。上部の白いところは補修の跡のようである。

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中央は道祖神である。世田谷では道祖神は珍しい。上馬の道祖神は道標を兼ねていたが、この道祖神はちょっと変わっている。正面には大きく「道祖神」とあり、文化9年(1812)11月の造立年が刻まれている。右面には、「ぐわん志やう志ゆ 此ぐわんは 寿命長久 志そんはん志やう」とある。下部には願主の名が、「品川弥兵衛内 かね はま 八百」とあるので、女性3人か。道祖神は一般にはサエノカミ(塞ノ神)と呼ばれ、村境や峠、辻、橋などで悪霊を防御するもの。「ぐわん」は「願」なので、「願成就 この願は寿命長久 子孫繁盛」という意味であろう。

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一番右は庚申塔。中折れしているが、これは昭和中期の写真でも折れているので戦災に遭ったものだろうか。山型角柱の文字塔で、これは道標を兼ねている。造立年は天保11年(1840)。正面には「庚申供養」の下が分からないが、史料を見ると「東 目黒道 奥沢本村」とあったようだ。右面は「南 沼部 丸子 道神ノ屋講中」、左面には「北 九品仏道」と造立年がある。この道祖神の場所は明治時代までは奥沢の本村だった。今は閑静な高級住宅地である。

場所  世田谷区奥沢3丁目20-17

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