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2019年10月18日 (金)

久我山の消えた石塔(杉並区久我山)

かつて久我山駅と玉川上水の牟礼橋の中間に大熊稲荷社があった。しかし2016年から2017年にかけて宅地造成されてしまい、切売りされて民家とマンションに変わってしまった。どこへ行ったのだろうと探してみると、久我山稲荷神社の境内にそこにあった石塔が移設されていた。

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境内の左手に並んでいる石塔のうち左が「正一位稲荷大明神」と正面に彫られた角柱型石塔。右側には「大熊氏講中」とあり、左側には安政3年(1856)2月の造立年がある。稲荷神社の御神体だろうか、大熊一族の守護神とされている。大昔の久我山の神田川左岸には小作家と秦家(秦野家)の2軒しかなかったが、南側の右岸には大熊氏が住んでいたという。この三家が久我山のルーツだとされる。神田川を挟んで左岸の稲荷神社が秦氏、右岸の稲荷神社が大熊氏という棲み分けだったようだ。

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隣りには富士講の石塔がある。これも同じ大熊稲荷社にあったもの。正面に「富士山仙元大菩薩」とあるが仙元=浅間だろう。造立年は効果年(1848)1月。大熊氏の建立である。久我山稲荷神社の南にある神田川の宮下橋の上流には堰があり大熊堰と呼ばれていたので、神田川が家同士の境界だったろう。ちなみに秦氏の稲荷である秦家稲荷(訛ってはだかいなりと言われる)は人見街道の久我山東保育園の向かいに残っている(久我山5-27-1)。

場所  杉並区久我山3丁目37-14 久我山稲荷神社

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