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2019年10月30日 (水)

桜一丁目の庚申塔(世田谷区桜)

世田谷区には古道がいくつも残っている。比較的耕地整理や再開発が遅かった所為だろう。練馬区なども同様。これがもっと都心になると、江戸時代以前の痕跡を探すのも一苦労する。小田急線千歳船橋駅の南側に東に向かって伸びる道がある。江戸時代は府中道と呼ばれた道で、甲州街道の給田から千歳船橋を経て、ボロ市で有名な世田谷の代官屋敷へ繋がっていた主要道である。経堂の近くでこの道は南北に分岐し、ボロ市通り手前で再び交わる。この北側の道の途中の民家の門前に庚申堂がある。

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世田谷、杉並、練馬、板橋などではよく見かける光景だが、徐々に減ってもいる。この庚申堂の場所は東西の古道に、北の宮坂からの道が出合い、クランクして南に延びていく変則の辻に昔からある。 唐破風笠付の角柱庚申塔で、高さは120㎝ある。青面金剛像、邪鬼、二鶏、三猿が描かれている。

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ピンクの布がそれらを隠しているが、結構彫りの深い邪鬼と三猿である。造立年は享保10年(1725)9月で、瀬田谷村とあるのは世田谷村のこと。願主名が15名彫られているが、軽部と杉本がそれぞれ5名ある。庚申塔の前に置かれている水鉢がまた庚申講中のもので、嘉永2年(1849)2月の手洗い鉢。 よくこれまで地元の方が守って来られたものだと感心する。

場所  世田谷区桜1丁目56-1

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